6 美しきもの
カルル・フレッツさま
このたびは、〈郵便配達アーリィ&アープ〉をご利用くださいまして、誠にありがとうございました。
つきましては、〈嘆きの姫君〉さまからのお返事をおあずかりしておりますので、今晩月が真上に昇るころ、トルテ村の外れの大きな木の下におこしください。お待ちしております。
アーリィ・フェイ
家の戸口にこっそり差し込んでおいたその手紙を握り締めて、もう村中すっかり寝静まった夜遅く、カルルが村外れの大樹の元まで走ってきた。
「郵便屋さん……どこ?」
「カ、ル、ル……」
細い、ささやくような声に呼ばれて振り向く。
月明かりに照らされて、一人の少女がそこに立っていた。ゆるやかに波打つ髪は地につくほどに長く、肌は月光よりも白く透きとおっている。いつもは憂いに満ちているその顔に、今は、かすかな微笑みが浮かんでいた。
その、あまりにも美しい少女の姿に、カルルは思わず見とれた。
「誰……? もしかして、お姫さま!?」
「カ、ル、ル……アリガ、トウ」
東方語のわからないフィオリスには、それだけ言うのがやっとだった。
言葉にできない、あふれんばかりの感謝の想い。いきなり、フィオリスがカルルに抱きついた。カルルの顔が真っ赤になる。
「アリガ、トウ……」
もう一度そう言ったフィオリスの瞳から、涙が次々とこぼれ落ちる。それは草の上に落ちるまでに涙水晶に変わって、月の光を浴びてきらめいた。
「――俺の予想に何か違いがあったか?」
「……ないわ……」
そんな二人の様子を離れたところで見守りながら、アープの言葉に私は憮然として答えた。
要するに、〈嘆きの姫君〉がシルドレットの街の安全を守ってるなんてのはでたらめなんだから、フィオリスをここに置いとく必要はない。必要はないどころか、涙水晶が手に入らなくなって街の連中が困ればざまー見ろというわけで、あのあと即刻塔から彼女を連れ出したのだった。
連れ出したはいいのだけれど、そのフィオリスをどうするかというとウチで面倒見る以外はないわけで。
「金にならん依頼を受けた上に、さらに財政困難になったな」
「……あんたねー、せっかくあの二人が感動の対面をやってるってときに、もう少し情緒のあることは言えないわけ?」
まあ、そういう細かいことは後で考えよう、せっかく連れ出したんだからカルルに会わせてあげなくっちゃ、と、ラプラスに戻るが早いかカルルの家に手紙を置きに行ったのだ。ところが「私がフィオリスとカルルを会わせる」というのもアープの予想の範囲内で、私は憮然とせざるを得なかったのである。
「……ま、まあ。それにしてもあの二人、いい感じじゃない? フィオリスのほうがちょっと歳上だけどさ」
「そうだな。五十も離れてはいないだろう」
「……は?」
アープの言葉に、私は間抜けな声を返した。「……五十?」
「人魚と人間の歳の取り方は違う、と前読んだ本に書いてあった」
何事もないかのようにアープは言った。「だがあいつは純粋の人魚ではないから、そう大した差はないだろう。せいぜいお前の倍くらいの歳じゃないのか」
「わ、私の倍って……あのね……」
カルルは十歳。私は十八で、その倍ってことは……。
そりゃ千年生きてるアープから見れば大した差じゃないかもしれないが、そういうことは早く言いなさいよ! と怒鳴ってやりたくなった。人間と感性違うんだから、言っても無駄なんだけど。
「あんたさー……どんな本読むとそーゆーことが書いてあるの……」
「『幻獣辞典』だ」
くそまじめな顔で答える。こいつ、〝自分〟をいったい何だと思ってるんだ?
「歳はともかくあの二人、お前の言うとおり一緒にいるのが幸福だということはわかる」
同じようにくそまじめな顔で、アープが続けた。
「人間の姿形の美醜はよくわからんが、魂の美醜ならわかる。カルルもフィオリスも、美しい魂を有しているからな。美しい魂の者のほうが、そばにいて気分がいい」
その言葉に、ちょっと私はどきっとした。
「アープ……も?」
何気なく聞こうと思ったのに、ほおが熱くなってしまう。ここが暗がりで、アープの目に見えないことを祈りながら、私はたずねた。
「……私のそばにいて、気分がいい?」
「まあな。お前の魂は、涙水晶並みに透明だ」
普段と変わらぬ口調なんだけれど、アープがそんなことを言ってくれたのは初めてだったので、私はもっとどきどきしてしまった。
「何しろ、感情が行動に直結しているからな。見ていてなかなか面白い」
――私の渾身の一撃がアープの下顎に入った。
「……どうかしたのか?」
元が竜なのだから当然と言えば当然なのだけれど、全く効いちゃーいない。
「……帰るわよ! フィオリス連れて!」
ぷりぷりしながら私は、アープと隠れていた暗がりから出て、カルルとフィオリスのほうへと歩いていった。
ああもう、アープに期待した私が馬鹿だったわ!
第一話 終
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