03 おむすびヒュンヒュン



 レイナは、へたりこんでいた。


 メガ・ドラゴンを倒した、エクス、タオ、シェインの3人が追いついた。


 走るのもちょっと限界。しばしの休憩だ。


 正直な所、おむすびについては、諦めムードが漂っていた。


「姉御、はい」

 冷えたお茶を差し出すシェイン。

 

「…ありがとう」

 一気に飲み干し、おかわりを要求するレイナ。


「しかし、この後どうする?加速したおむすびは、もう見失ったぜ」

 タオが言う。


「そうね……頭を切り替えて、おじいさんを探した方が、いいのかしらね…」

 弱気になるレイナ。


「とにかく、一番下まで行ってみる?」

 と、エクスが提案する。


「一番下?」

 レイナが疑問を持ったようだ。


「ほら、おむすびって、転がるとしたら、基本、下へ下へと転がるよね?」

 エクスは、右の人差し指を立てて説明を始めた。


「だから、僕らも下へ下へとおりていけば、おむすびはともかく、おむすびがストンと落ちた穴は、みつかるかもしれないし」

 と、続けるエクス。


「あー、確かにそうですね」

 うなずく、シェイン。


「そうか!おむすびにこだわり過ぎてたわけか。オレ達は」

 アハ!という音が聞こえてきそうな、タオ。


「そうね。それなら、もう走らなくてもいいし」

 レイナは、『私はもう一生分走りました!』とでも言いたげな表情をしていた。


「じゃあ、体力が回復したら、先に進もうぜ」

 そう提案するタオ。


「おっけー」

「わかったわ」

「了解です、タオ兄」


 ◆


 焼きおむすびが減速した短い上り坂。


 その先には、下りの急斜面が続いていた。


 実の所、上り坂よりも、下り坂の方が、太ももやヒザに負担がかかる。


 上りは息が切れるが、足への負担は少ない。


「はあ。しかしこの想区は、歩いたり走ったり、してばかりね」

 レイナが、めずらしく弱音めいた事を言いだした。


 いつもは、しっかり者で、方向音痴で。

 そんな『調律の巫女』も、疲れには勝てないらしい。


 急斜面はしばらく続き――


「……」無言のレイナ

「なんとまあ!」  驚くタオ  

「ガケ、ですね」  ぼそっとシェイン  

「うん。ガケ…だね…」  渋面のエクス  


 道中で、停止したおむすびも、穴も発見できなかったのだ。


 おそらく、この小さなガケから、おむすびが落下したであろう。


「どう…しようね?」

 エクスが聞く。


「ガケを下りるってわけにもいかねえしな」

 とタオ。


 小さいとは言え、飛び降りれる高さではない。


「どこか、下りる道を探しましょう」

 とレイナ。


 手分けして道を探すと、北に少し戻った東側に、斜めに切り込む小道があった。下っている。


「こっちで、いいのかな」

 とエクス。


「いいんじゃないか?下ってるし」

 と、あっさりのタオ。


「じゃあ、この道を下りましょう」

 即決のレイナ。



 ――そして――


「……」無言のレイナ

「マジかよ!」 驚くタオ 

「おむすび、ですね」  ぼそっとシェイン  

「うん。おむすび…だね…」  渋面のエクス  


 ガケの下は、白い岩だらけだった。


 土の上には、白い岩と、生い茂る草木。


 そこに、焼きおむすびが1つ、草にちょこんと引っかかって止まっていた。


 小さいとはいえ、ガケから落下したのに、ごはんが崩れていない。


 相当な力で握られたおむすびだ。


 焼いたおむすびである点も、関係しているのかもしれない。


 そして、その近くの木には、大きな穴が開いていた。


「……」無言のレイナ

「やっぱりか!」 驚くタオ 

「はずれ、ですね」  ぼそっとシェイン  

「うん。はずれ…たね…」  渋面のエクス  


 本来ならば、追いかけるおじいさんの目の前で、おむすびが、ころりんと、この穴に落ちるべきなのだ。


 その後は…


 おじいさんも穴に落ちたり、


 白ねずみに歓待されたり、


 大小のつづらの一方を選んだり、


 財宝を手に入れたり、


 隣のおじいさんに財宝がバレたり、


 隣のおじいさんが、真似をしてひどい目にあったり、


 そうやって、この世界の物語は、ころころ転がって行くはずなのだ。


 そういう想区であるはずだ。


 しかし――


 おむすびは、穴に落ちなかった。


 ホールインワンではなく、ニアピン。


 おじいさんも、それを目撃しなかった。


 完全に、世界の理が狂っていた。


「チッ、カオステラーめ!」

 舌打ちをする、タオ。


 この想区の住人に『運命の書』を渡して、その書に記された通りの人生を演じさせる力を持つ、ストーリーテラー。


 それが変異した状態である、カオステラーは、この世界の住人をヴィランに変えてしまう程の力を持つ。


 そのヴィランを使い、おむすびが転がる軌道や角度を、ほんの少しだけ「ズラす」程度の事は、造作も無い事なのかもしれない。


「でも、このおむすび、穴の近くまで来れたのは、すごいよね」

 そう言う、エクス。


「たしかにな。ガケから落ちても、びくともしてないし」

 と、返す、タオ。


「これって、本当におむすびなんですかね?」

 冷静な疑問を持つ、シェイン。


 あったかご飯をにぎり、そして味噌、または醤油を付けて焼く。


 たったそれだけで、これほどの長時間の、ガケすら越えて転がり続けた存在。


 この想区ではそれを、おむすびと呼ぶのだろうか?


 それが、「想区あるある」なのだろうか?


 あるある研究者に、聞いてみたいところであった。


 ◆


 そこに、またしても、ヴィランの群れがあらわれた。


「ここにもいやがったか…!」

 と、タオ。


「待ち伏せしていたのかもです」

 と、シェイン。


 そして更に、混沌を司る敵、この世界を捻じ曲げた張本人が現れた。


 木の陰から、ひょっこりと顔を出したのは――


「おばあさん…!」

 驚く、エクス。


「違う!あれはおばあさんにとり憑いた、混沌の元凶…カオステラーよ!」

 と、レイナ。


 おばあさんは、背中に両手を回した格好で、しゃべり始めた。

「おや、来たのは、おじいさんでは無いんだね?」

「わたしは、おむすびを作った」

「しかし、あのろくでなしは、ころりん、ころりんとおむすびを落として転がす」

「…そそっかしすぎるんだよ!」


 おばあさんの目が、怒りに染まる。


「気をつけて!カオステラーの怒りが、おばあさんの怒りにシンクロしているわ!」

 仲間に警告を発する、レイナ。


 レイナたちは、おばあさんから距離を取る。


 両手を後ろ手に組んだまま、少しずつ近づいてくるおばあさんは、禍々しい変貌を遂げつつあった。


 しわくちゃの顔が緑色に変色しつつ歪み、耳が左右に伸びてラッパのような形状を呈しはじめた。


 くしゃっと糸目に閉じられていた目が開かれると、その瞳孔の黒目がだんだん大きくなる。やがて、黒目は虹彩の円を飛び出して、白目の領域まで侵食する――


 瞳は、その全ての領域が闇の黒に染まった。


 曲がっていた腰と背筋が、ぐんぐんと伸びて反り返る。これは単体で考えれば、健康的で良い事かもしれない。


 体中から、頭から、鬼のようなツノが、乱雑に生えてくる。


 1ニョッキリ。


 2ニョッキリ。


 3ニョッキリ。


 …


 …


 おばあさんの体が膨張しはじめる。


 既に、人としての原形は、失われていた。


 肩のあたりから、ニョキニョキと、更なる両腕が生えてくる。


 1ニョッキリ。


 2ニョッキリ。


 3ニョッキリ。


 …


 元々あった2本の腕も、緑色に変色しつつ、グーングーンと伸び始める。


 結果、左右4本ずつ、計8本の腕が、肩のあたりから放射状に生える形となって一旦止まった。


 末広がりの「八」。


 今度は、その腕の太さが、膨張を始める。


 プロテインを摂取したボディビルダーでも、こんなに急激な筋肥大……もとい、超回復はしない。


 そもそも、ダメージを喰らっていない「元」おばあさんは、回復もなにもない。


 ただ、肥大したのだ。


 なんということだ。


 パンパンに絶望が膨らむ。


 パンはパンでも、食べられないパンはなーんだ?


 答え、絶望パンなんだそれ


 …


 …


「3秒ルールヲ、ナンダトオモッテイル!」

 先程まではおばあさんでは、そう咆哮すると、襲いかかってきた。


「カオステラーと議論しても無駄よ!倒して止めるしかない!みんな、準備は!?」

 とレイナが仲間に問う。


「とっくにできてるぜ!」

 とタオ。


「問題ないです」

 とシェイン。


「おばあさん、元の世界に戻してあげる!そしたら、話を聞いてあげるから」

 感受性豊かなエクスが言った。


 そして、4人の『ユニオン』が、疾風のごとく、動き出した。


 ◆


 おばあさんで


 変貌を遂げた、混沌の元凶『カオステラー』は、その末広がりな八本の手を、大きく広げた。


 カオステラーの変貌は、主に上半身の隆起が顕著であった。


 変貌にエネルギーが必要だとした場合、そのエネルギーを、体の上半分に集中的に投入したと思えるような変貌。


 その一方、下半身の強化は、比較的少なめに見えた。


 それが、このカオステラーの、「移動スピードの遅さ」となって、目の前に現れていた。


 ――ただの一般的な人間の感覚からすれば、十分に速いスピードではあるのだが――


「この鈍重さなら、やれる!」

 タオが言う。


 なぜなら、タオ達は『ユニオン』であった――。



 おとぎ話の主役ヒーローの魂。


 その魂は、エクス、レイナ、タオ、シェイン達がそれぞれ持つ『導きの栞』にセットされている。

 

 この栞を、『空白の書』に挟むことで、主役ヒーローの魂が、その書の白紙のページに接続される。


 これにより、『空白の書』の持ち主であるエクス達は、主役ヒーローの魂とコネクトした『ユニオン』となり、主役ヒーローの持つ大いなる力を扱えるようになるのだ。


 この『ユニオン』から見た基準であれば、目の前のカオステラーの動きは、これまで倒してきた他のカオステラーとくらべて、それほど速いというわけでは無かったのだ。


 タオは、槍を構えて跳躍。突進から、接近戦へと移行しようとした。


 しかし――


 ヒューン!


 ドッ!


「ぐわっ!」


 飛んできたにやられて、突出を中止せざるを得なかった。


 タオがかろうじて、左手に装備した盾で防いで軌道を変え、受け流したモノ。


 放物線を描いて、ドスン!と低い音を立てて地面に落下したモノ。


 ――それは――


「おむすび…だと!?」

 驚くタオ。


「凄まじく、大きいです…」

 同調して驚く、シェイン。


「い、岩で作るなんて…!」

 レイナの開いた口は、なかなか塞がらなかった。


「岩を、ごはんに見立てた…のか…」

 状況を把握する、エクス。 


 かつておばあさんであったカオステラーが、八本の腕から投げつけてきたモノ。


 それは、崖下の白い岩を握り固めて作った、巨大な「おむすび」であった。


 カオステラーの変貌の際、主に上半身の強化が顕著だったのは、おそらくは、この「おむすび」を握るため――


 八本の腕で、次々と器用に握られる、岩製の「おむすび」。


 左の1本目と2本目の腕をニュオン!と伸ばして、辺りの岩をかき集め、これを右側の手にトス。


 右の4本手のうちの2本でこれを受け止め、左の3本目、4本目の手で押さえ込むように、岩をつつむ。


 そして――


 ギュムムムムム!


 ゴリゴリゴリゴリ!


 岩の固さなど物ともせず、凄まじい力で白い岩を握る。


 一瞬、宙にフワッと白い岩の塊を投げて、岩の角度を変更。


 再び複数の手で受け止めて、さらに握りこむ。


 寿司職人もビックリする程の手際の良さ。


 ――そもそも、この場に寿司職人が居た場合、その手際の良さに驚嘆するか、それとも、「巨岩を握る」という超常行為に驚嘆するか。あるいはそれ以外か。


 これは、寿司職人でなければ分からない問いだ。


 そして、カオステラーの、岩のおむすびを作るのに使われていない「手空きの腕」が、隙なく、エクス達の攻撃を警戒していた。


「気をつけろ!凄まじい威力だぞ!」

 タオが仲間に警告を発する。


(あんなのが、直撃でもしようもんなら――)

 タオは、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。


 警戒で、タオ達の、それぞれの足が止まる。


「!?動くのです!的になっちゃいます!」

 呆然状態をいち早く脱したシェインが、そうアラームを上げる。


「!?」

「やばい!」


 反応が遅れた、レイナ。


 そこに――


 巨大な白岩の塊おむすびが、ヒューンヒューンと襲いかかってきた。


<続く> 

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