02 追跡とメガ・ヴィラン
襲い来るヴィランを撃退した一行。
「なんとか片付いたわ」
レイナが言う。
「うん。でも、おむすびは?」
エクスがキョロキョロと探す。
「お嬢の炎で、焼きおむすびになっちまったんじゃないか?」
タオが軽口。
「この想区では、元から焼きおむすびなのよ…!」
レイナがぷうっと頬をふくらませる。おむすびではなく、モチのように。
「姉御、かわいいです…!」
シェインも乗っかる。
「あっ!あの下の方!」
エクスが、斜面を更に下へと転がっていく、おむすびを見つけた。
「追うぜ!」
と、鋭くタオ。
「みんな、行くわよ…!」
レイナが、『私がリーダー』とでも言わんばかりに、そう告げて、真っ先に走りだした。
「レイナ、そっちじゃないよ…!」
エクスが言う。
「えっ?」
急停止するレイナ。
「早速出たな、お嬢の方向音痴が」
タオは笑った。
「ちょっと間違っただけでしょ…!」
弁解にならない弁解をするレイナの顔は、少し赤くなっていた。
「姉御、やっぱりかわいいです…!」
シェインも乗っかった。
◆
焼きおむすびを追う、レイナの一行。
おむすびは、絶妙なスピードで転がり落ちていた。
――追いつける程、おそくない。
――見失う程、はやくない。
「ぜーはー。早く止めないと…!ぜーはー。おむすびが…!ぜーはー。穴に落ちてしまう…!」
城育ちのお嬢様、レイナは、息を切らせながらそう言う。
「おじいさんも居ないのに、はっ…!はっ…!」
と、エクス。レイナ程ではないが、疾走で息が切れ始めていた。
「マズイ展開だぜ…!」
涼しい顔で、山育ちのタオ。
「おじいさんも探さなければ、です」
同じく、涼しい顔で、山育ちのシェイン。
――おむすびが穴に落ちる様子を、おじいさんが目撃する必要がある。
そうしなければ、おじいさんが穴に興味を持つことも、穴に落ちることもない。
白ねずみもつづらも、想区の物語と、何ら関係ないものになってしまう。
カオステラーによって歪められた世界。その斜面を、レイナ達は南に向かって駆け下りていた。
ころりん ころりん と転がる、焼きおむすびを追って。
その先に、穴があるはず。
まずはその場所の特定が肝要だと、一行には思われたのだ。
「しかし一体、カオステラーは、何が目的なんだ!?」
タオが言う。
「おむすびが穴に落ちなかったら、ご飯が無駄になっちゃうだけだもんね」
エクスが言う。
「ぜーはー。食べ物を…!ぜーはー。粗末にしちゃ…!ダメ…!」
レイナの息は絶え絶えだ。
「これだけ想区が歪んでいたら、おむすびは正しく穴に落ちるんですかね?」
シェインは、そんな疑問を持ったようだ。
「でも、想区の住人は、『運命の書』の記述通りに行動しなきゃいけないんだから――」
と、エクス。
「ぜーはー。おむすびはっ…!ぜーはー。『運命の書』をっ!ぜーぜー。持っていないわ」
レイナがそろそろやばい。
しかし、指摘は正確だ。おむすびは人間ではない。
さすがに、「おむすび」まで、自らの役を演じているのでは無いだろう。
「とにかく、おむすびを追いましょう。見失ったらアウトです」
と、シェイン。
「そうだな。おじいさんは後から探せる。でもおむすびはそうは行かない」
と、タオ。
転がり続けるおむすびが向かう先には、短い、ゆるやかな上り坂が出現していた。
おむすびの減速が見込まれた。
「チャンスだ!一気に追いつくぞ!」
タオの叱咤激励に続き、みんなが走る。
「ようし!もうちょっとだ!」
俄然、勢いがつくエクス達。
しかし、そこに――
「チッ!またヴィランか!」
タオが忌々しげに言う。
「あと少しなのに!」
と、エクスもがっかり。
「ちゃっちゃと倒して、おむすびに追いつきしょう…!」
と、冷静なシェイン。
「ぜーぜー。はーはー」
レイナはしゃべれない。
斜め前方から現れたヴィランの群れに、進路を塞がれた格好だ。
そこをすり抜けたおむすびは、ゆるやかな上り坂へと、あと少しで到達しようとしていた。
「倒す!速攻で!」
気合いを入れるタオ。
◆
敵のヴィランは、急な進軍により、数が揃っていなかった。
各個撃破の対象に出来る状態。
近づいてくる黒いヴィラン達を――
エクスの「ヒーロー」の剣が、
タオの「ヒーロー」の槍が、
シェインの「ヒーロー」の杖から出た魔法が、
あっという間に撃退していく。
「ぜーぜー」
レイナは走り疲れて、戦うどころではなかった。
そして、倒れたヴィランに目もくれず、一行はおむすびへ向かって走る。
……
走る彼らを、上空から巨大な影が覆う。
バサッ! バサッ!
――目の前に、飛んできたもの――
「メガ・ドラゴンが!」
驚く、エクス。
「…現れやがったな!」
と、タオ。
大きな羽と、尻尾。
頭には、ツノ。
メガ・ドラゴンの巨体が、バサリ、バサリと羽ばたき、空中から地面に降り立つ。
そして、その巨体に、グググと力を入れるのが見えた。
「くるぞ!集中攻撃でぶっ倒す!」
タオはそう言って、走りながら槍を構え直した。
「姉御はここをすり抜けて、おむすびを…!」
シェインが言う。
「エクスはレイナを援護、たのむ!」
そう言うのは、タオだ。
――息の上がった今のレイナに、メガ・ドラゴンの対応は厳しいだろう。
「わかった…!」
エクスはレイナと共に、左へ向かって軽くステップ。そのまま走り続ける。
エクス達と反対の、右方向へと走る、タオとシェイン。ドラゴンを中心点とした、「円」の軌跡を描くように、敵との距離を保つ。
――バシュッ!
遠距離の間合いから、シェインが纏う「ヒーロー」の杖が、魔法の攻撃を飛ばす。
一撃必殺――には…ならない!
シェインは続けざまに、魔法攻撃。
――バシュッ!
――バシュッ!
爆ぜる魔法。
しかし、メガ・ドラゴンの厚い皮膚に阻まれ、必倒に至らない。
「まあ、そうですよね…」
メガ・ドラゴンの堅さを知るシェインの顔には、驚きの色は無い。
羽を広げる敵の反撃は、灼熱の渦を呈するブレスだった。
――シェインの魔法攻撃後の、スキを、狙うように。
ドラゴン・ブレスは、シェインがつい先程までいた地点を、正確に通り過ぎた。
しかし、そこにシェインの姿はもう無い。
彼女の兄貴分であるタオが、間一髪、シェインを救ったのだった。
「やらせるかよっ!」
「タオ兄…!」
タオは直ぐに起き上がると、シェインに片手を伸ばす。
妹分の手をつかみ、後方へと送る。
「行くぜ!」
タオが敵に向かって疾る――
◆
メガ・ドラゴンの炎は、エクスとレイナとは反対側の方向へと吐き出された。
攻撃力の高い巨体を相手にする場合の常套策。それは「散開」。
分散して敵の攻撃が一点に絞られないようにする。
山道――下りではあったが――を走ってきた、城育ちのレイナは、息が上がっている。
エクスも、レイナ程ではないが、走りつかれていた。
田舎育ちと言っていた2人、タオとシェインが、敵の反応を引きつけてくれたのだ。
その間にエクス達は、メガ・ドラゴンの背後を突破。
「レイナ、行って!」
「わ、分かったわ…!」
レイナをそのまま、転がり続けるおむすびの方へと送り出すと、エクスは踵を返し、ドラゴンへと突進した。
彼が纏う「ヒーロー」の武器は片手剣。
(タオ、シェイン、ありがとう…!)
敵をひきつけてくれていた2人への感謝を、心の中で唱えながら、剣が届く間合いへと、エクスは背後から一気に距離を詰める。
その反対側では、槍を構えたタオが纏った「ヒーロー」が、ブレス攻撃をステップでかわしながら、突撃していた。
絶妙な間での、前後からの挟撃!
そして、剣と槍。その間合いに入る数瞬前の、時を射抜くように……
――バシュッ! バシュッシュッ!
遠距離からの、シェインの魔法攻撃が、巨竜の目を焼く。
視界を奪われ、困惑したように前足を振り回すメガ・ドラゴン。
「当たるかっ!」
狙いの定まらない前足攻撃を喰らう、タオではない。
近接武器の間合い!
―跳躍―
―跳躍―
「うおおおおお!」
―疾走―
―跳躍―
「ええええい!」
竜の巨体を駆け上るように高く跳んだ2人は、前後からほぼ同時に、敵の首から上へと、攻撃を放った。
タオの稲妻のような突き!
そして、エクスの渾身の斬撃!
噴き出す血しぶきの雨。
竜から噴出した雨を逃れるように、放物線を描いて地面へと落下する、タオとエクス。
着地。
着地。
瀕死の巨竜が、「グワアアオ」と嘶き、首をぶるっと振るわせた。
一瞬の沈黙。そこへ――
―バシュッズガガガァアアアアン!
再度、力を溜めた強力な遠距離攻撃魔法が、先ほどまで竜であったものの頭部を撃ち抜いた。
……
ズズウウウウン!
低い地鳴りの音を立てて、地面へと沈む巨竜。
「よっしゃ!」
思わずガッツポーズを見せる、タオ。
「やりましたね…!」
油断なくメガ・ドラゴンの動き観察しながら、喜ぶ、エクス。
エクスの注意は、杞憂に終わった。
もはや、動く事を忘れ、大地に山が増えたかのように横たわる、メガ・ドラゴン。
「ふぅー。やったのです」
術後の硬直から解放されたシェインが、袖で額の冷や汗をぬぐう。
……
……
「って、おむすびどうなった!?」
そう気付いたエクスの声で、タオとシェインもはじけるように顔をぶんっと振り、下り坂を見やる。
短い登り坂で減速するおむすびに、あと少しで追いつきそうなレイナ。
レイナは足をプルプルさせながら手を伸ばす。
しかし、その短い上り坂の先には――
下りの急斜面。
コロコロコロコロ…コロコロコロ…コロコロ…コロ……コ………ロ……………
ンゴロゴロゴロゴロゴロォオオオオ!
小さな山を超えたおむすびは急加速。凄まじいスピードで、レイナの手元から遠ざかる。
「あ、ああぁ」
レイナの健闘むなしく、遠ざかるおむすび。
「だっ、台無しだわ…!」
走り続けて限界を越えたレイナは、ヒザから崩れ落ちた。
<続く>
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