越後屋の話 第2話
桃源楼に来てからのさち香は自分の他に十二を先頭に七人の
さち香の直属の「
「あちきの小さい頃にそっくり」
それを聞いて、ほの香はげんなりとした顔を隠さない。
花魁の言うとおり、さち香と千代菊花魁の性格は実の姉妹ではないかと疑いたくなるほどに、良く似ていた。
ほの香がこの桃源楼に禿としてもらわれてきた頃、千代菊花魁はその頃の
ものごとの美醜も知らぬ幼女が目を見はるほどに、千代菊は美しかった。非常に派手好みで目鼻立ちのクッキリとした美少女で、まだ遊女として何の実績もない振袖新造でありながら、江戸の瓦版屋の寄合が年に数回発行している「大江戸なんでも番付」の中にある大江戸美女番付吉原遊女編には常に名前が挙がるほど。花魁となった今では、もう七度も一位に輝いている。
そんな花魁だったから、新造の頃から美醜に対してのこだわりが非常に激しく、美しくない禿を徹底的に嫌っていじめ抜いた。
ほの香は美しく、賢い子だったから千代菊からいじめられることこそなかったが、この千代菊花魁ときたら気持ちの移り変わりが激しく、昨日「こう」だと決めたら今日は「ああ」だと言い、次の日には「そんなことは言っていない、こうだ。何故、他人の話を聞かないのだ」とほの香を責めることがよくあった。
そんなとき、ほの香は「それはそれは、申し訳ないことでございんす」と頭を下げるのだが、さち香はまっすぐに千代菊花魁を見つめ、「花魁姐さん、昨日はこういうておりんしたよ」と、さらりと言ってのけてしまう。
ほの香が「違う」と言えば大きな問題になりそうだが、さち香に「違う」と言われても千代菊はちっとも怒らない。それどころか「そうだったそうだった」と大きな声で笑って見せた。
そんな仲の良い二人だったから、ほの香も他の振袖新造も、自然、花魁の身の回りのお世話をさち香に任せるようになった。
そんなさち香に、恋心を抱いた者がいた。件の、花魁のお客であるどこだかの御家中の若様のお付きで……名をゲンゴロウという。若様が適当に付けた名で、漢字でどう書くかは本人も知らないらしいが、とりあえず彼は禿であるさち香に、「ゲンゴロウという名を覚えてくれ!」としつこく言い続けた。
ゲンゴロウは一度目の花魁道中で千代菊花魁に付き従うさち香に一目惚れし、二度目の道中でその恋心が本物だと、確信したという。
うっかり新造に心を奪われる男などザラにいるのだろうが、いくらうっかり者でもまだまだ子どもの禿に心を奪われるなど……話を聞いた花魁とほの香はゲンゴロウのうっかりぶりに呆れたが、当のさち香はまんざらでもない様子で鏡に映る自分の姿を見つめ、花魁からもらった紅を自分の唇に差し直した。
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