花魁道中の話 第2話

「なーにが。おマツさまの笑顔、可愛らしうありんす、だ」

 花魁の後ろで日傘を差していたはずのテツジが、揚げ屋に着くなりの口調を真似しながら、マツの背中をつつく。

「ダンナ、聞いてたのか!?」

 花魁は道中の真ん中。振袖新造は道中の一番前。今回はそれほど規模の大きくない道中ではあったが、それでも花魁、妓夫、留袖新造に振袖新造、鑓手に禿……と、十四人が列を作った。そんな中でマツが聞き取るのもやっとだったほの香の囁き声がテツジにまで聞こえたのかと、マツは驚いて問い返した。

禿かむろが聞いてた。道中でいちゃいちゃしてんじゃねえよ」

 そう言いながら、テツジはからかうようにマツの背中を持っていた大きな日傘の先でつつく。

「や、やめろダンナ!」


 そんなテツジとマツを背後から、何者かが振り払った。

「どけ!」

「ああ?」

 マツが背後から来た大男にすごんだが、「よせ、客だ」とテツジが制する。

 二人を振り払った大男の後ろから、豪華な金の着物を着付けた若い男がゆっくりと歩いてきて、テツジとマツを一瞥した。

「うわ、趣味悪!」

 マツが思わず、テツジにしか聞こえないような小さな声でそう呟く。

 おそらく花魁の客はその男であろう。

 確かに花魁がいうように、女性的で美しい顔立ちをしている。テツジより更に年齢は若そうで、まだ少年と言っても良さそうだ。かぶいているつもりなのだろうが、お武家の若様のくせに月代も剃らず髷も結わず、肩までたらしたその髪の毛と、顔の美しさが相まって……そう、たとえて言うなら尼御前あまごぜのよう。

 黒と紫、黒と金など落ち着いた風合いの上品な着物ならきっと、この少年を更に美しく映え渡らせるのだろうが、赤地に金糸の鶴亀模様。裾や袖口は白という、まるで掛け布団のようなその着物は、残念ながら少年の顔立ちとはまったく似合っていなかった。

 少年はテツジとマツを品定めするように頭から足先まで見つめ、それからご丁寧にふんと鼻で笑うところを見せてから、花魁が待つ揚屋の中に入っていく。

「……なんだ、あれは」

 少年の後から続く、ご家来衆の大きな背中を見つめ、マツが呟いた。

「花魁の客の、お武家の若様だ。どこかの御家中ごかちゅうの若君らしいぞ」

「あれがいつか、その御家中の殿様になるのか……ご家来衆も大変なことだな」

 マツは大きく溜息を吐いて、先ほどの客の後に続く。


 だが、花魁の座敷の前で、マツとテツジは先ほどの大きな身体のご家来衆に座敷への入室を禁じられた。

「いかなる理由にございましょうか」

 テツジが訊ねる。

「若君は、其方そのほうらが気に入らぬとおおせじゃ」

「あ?」

 マツが眉間に深く、深く皺を寄せる。

「若君は、そなたらのように面相の良い男はお好みにならぬ」

「はあ?」

 ご家来衆のあまりの言いように、マツとテツジが顔を見合わせた。

「面相というても、それがしは覆面にて……顔はみえませぬゆえ、若君の御不興を買うこともございますまい。どうぞ中に……」

「ならぬ!」

 ご家来衆は、中の若様からよほど厳しく申しつけられているらしい。なおも食い下がろうとするテツジにマツが「下がろう」と囁く。


 だが、マツは下がれと言われて下がりっぱなしでいるほど、素直な男でもない。

「何とかして花魁の座敷に入らないと」

 そう、気を揉むテツジに「俺たちはなんだ」と訊ねた。

「……え?」

「赤鼠だ。ネズミは、ネズミらしく……」

 そう言うと、マツは天井を見上げる。釣られて、テツジも天井を見上げた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る