岡部哲治郎の話 第2話
哲治郎は渋々ながら、奉行に押し切られるままに昨夜被害に遭ったという大分屋に来た。
ぶくぶくと盛大に肥えた大分屋の主が哲治郎を出迎えて、ああだ、こうだと昨日の様子を伝える。
「……詳しいな」
自分の話を聞いた哲治郎が漏らした感想に、大分屋の主が首をかしげた。
「詳しい……とは?」
「いやなに、こちらの話」
哲治郎はただ、そう答えて、首飾りを飾っておいたという応接間の床の間を調べる。
「足跡があるな」
「その地下足袋跡こそが、まさしく赤鼠の証」
哲治郎は半ば興奮気味の主人の説明を聞き流しながら、懐から小さな定規を取り出し、足跡の大きさを測定する。
「……ふうん……」
足跡の大きさを帳面に記載しながらも、気のない哲治郎に、館の主人が首をかしげる。
更に哲治郎は、大黒柱についた泥に目を遣った。
「なぜ、柱に泥が?」
「ああ! 気づきませなんだ! きっと、外を歩いてきた赤鼠がつけた泥に間違いございませぬ」
昨夜もその前の夜も晴れていて、泥がつくようなぬかるみなどどこにもなかった。
「大黒柱に泥がつくとはおかしなことだ」
哲治郎はただ、現場の状況を見て素直な感想を述べただけだが、それが館の主人を怒らせた。
それで哲治郎が帰った後、「大切な家宝を盗まれた家主の気持ちがわからない同心を遣わせてきた」と、大分屋が奉行所に怒鳴り込んできた。
浅野は「やっぱりか」と頭を抱えこみ、この件の担当を哲治郎から別の同心に換えてしまった。
「……ありゃあ、赤鼠の仕事じゃあねえよ」
哲治郎の捜査資料を読んで大分屋に再度調査に出向いた同心も、哲治郎と同じ感想を持って帰って来た。
「あの大分屋に入った盗賊は、仕事が汚すぎる。俺は三度、赤鼠の調査をしているが、どの御店も侵入の痕跡のない、綺麗な仕事をしていたよ」
「……俺もそう思う」
何度も赤鼠の現場に携わっている同僚の感想に、哲治郎も大きな溜息を吐いて同意する。
「俺の足があんなに小せえワケねえだろうが」
哲治郎の小さな呟きを上手く聞き取ることができず、同僚は「え?」と聞き返したが、哲治郎は「なんでもない」と首を振った。
「俺は、もう赤鼠の担当を外されたから……すまんが、後はヨロシク頼む」
哲治郎は同僚の肩を叩いて赤鼠捜査を激励すると、「妹の薬の時間だ」と言い置いて、家路についた。
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