千代菊花魁の話 第3話

 出た先の廊下の角に、可愛らしい桃色の振袖を着付けた新造が、廊下の角で半分姿を隠し、こちらの様子をうかがうように覗いていた。

「ほの香。なにしてんだ、お前」

 テツジは呆れたように笑って、その少女に声をかけた。

「ダンナは、もうお帰り?」

「すまねえな、もうそろそろに薬を飲ませる時間だ。下駄の鼻緒は今度来たとき直してやるから」

 テツジは滅多に自分のことを話すことはなかったが、という病弱な娘がいることは聞いていた。それで、ほの香は渋々ながらも「鼻緒は今度に……」と、テツジを見送る。

「鼻緒なら、俺が直してやろうか。のりの順番が、まだ順番がまわってこねえんだ」

 ほの香があまりにも哀しげにテツジを見つめるので、マツが思わず、そう口走る。

 テツジ以外の客が花魁の部屋から出てきたことにほの香は驚いたが、テツジは「じゃあ、頼む」と気軽にマツの肩を叩き、桃源楼を出て行ってしまった。


 元来、手先が器用なマツは鼻緒を直すことなど朝飯前。ささっとほの香の鼻緒を直してやると、ほの香は喜んで「ありがとう」と微笑む。


 たったそれだけのことで、マツはほの香に惚れてしまった。


 先ほどの花魁の、からかうような……どこか品定めするような視線とはまったく違う。

 マツはほの香の視線から、初めて見るテツジの友人を心から歓迎し、仲良くなろうとして向ける優しい感情を感じた。

 ほの香の美しい微笑みに……マツは頬が熱を帯びるのを感じる。そんなマツの顔を覗き込んで、ほの香は優しく微笑みかけるが、マツは思わずほの香から目をそらす。


 懇意の遊女、のりの番がきたと禿かむろがマツを呼びに来たが、ほの香に惚れたとハッキリ認識した後で、違う女は抱けない。「用を思いだした」と断って、マツは桃源楼を離れた。

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