千代菊花魁の話 第2話
「姐さん、開けるぞ」
テツジが声をかけ、返事も待たずに開けたのは、
「……テツジ……?」
寝乱れた赤い襦袢姿の花魁が、けだるそうに身を起こして、二人を睨み付けた。はだけた襦袢からのぞく白いうなじにまとわりつく豊かな黒髪。その黒髪をたどっていけば、鎖骨の下からふくよかな白いまあるいものがふたつ、その細い身体にたわわに実っているのがうかがい知れる。
マツは思わず、喉を鳴らした。
見るつもりはなかったが、ひと目を気遣わない自室でのこと。よほど気を許して寝入っていたのだろう。だが、花魁は突然現れた客にも驚かず、寝乱れた襦袢を直す気遣いもなく……美しく、艶やかな肌を、テツジとマツの前に惜しげもなく晒す。
「たれ?」
マツを見て、花魁はテツジに尋ねた。
「知らん。客だが、姐さんが好みそうな面相だったから連れてきた」
テツジの適当な答えに、花魁は不機嫌な表情でテツジを睨む。だが、テツジの向こう側から自分を見つめるマツの面相を見て、「ああ、確かに」と、少し柔和な表情に戻った。
「お前、名は何と言うんだ」
「マツ。日本橋の刀鍛冶で
テツジの問いに、マツは自分の名前を素直に答えた。
「だ、そうだ」
「ふうん……おマツさま……」
花魁はマツの顔を興味深げに眺めながら、二人に自分の布団の側に座るように促した。自分の横にマツを座らせてから、花魁は更に品定めするように、マツの顔を覗き込む。花魁の吐息が頬に当たり、耳の横を優しくかすめ……マツは思わず、顔を赤らめる。
「あれ、まあ……」
花魁はからかうように微笑んで、テツジの方に目を向けた。
テツジは自分の懐から、無言で小判を一枚、差しだす。
「地下の、姐さん達に」
花魁は少し哀しげな顔をしてその小判を見つめていたが、「ありがとう」とだけ呟いてそれを受け取る。
「じゃ、そういうことで」
テツジはそれで、つとめを果たしたとばかりに花魁の部屋を出ようと、立ち上がる。
「待ちゃ」
花魁が、テツジの手を掴む。
「……ほの香のところへ?」
「下駄を直してやる約束をしてるもんで」
そんなことを言うテツジの手を、花魁が引く。テツジの大きな身体が布団の上に転がると、その上に花魁が覆い被さった。
「あいにくと俺は、人が見てるところでヤれるような度胸は持ち合わせてねえんだなあ……」
テツジが覆面の向こう側からマツに視線を向けると、花魁がちっと舌打ちをして、マツを睨み付け、テツジの身体から離れた。
「ちなみに、花魁を抱く度胸も金もねえからな」
捨て台詞のようにそれだけ言って、テツジはマツを促し、花魁の部屋を出た。
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