第六話『裏切り者が大っ嫌いなのよ!!』
その夜、例の彼女はバスケットコートに姿を現さなかった。
次の日の朝、
「よお、我が親友よ。相変わらず、冷めた顔してんな。そんなんじゃモテねーぞ」
後ろから追いついてきて並走する汰一に朝からイジられて晴翔は顔を顰めた。
「自分がモテるからって調子に乗んな。余計な御世話だっつーの……」
顔を顰めながら晴翔は覇気がない声でボソッと言う。晴翔と違って汰一はその明るい性格とまあまあイケメンな顔が功をなして現在、女子の間ではプチブレイクしている。その事を本人が知ってるかはわからないが。
そんな青春の荒波を乗りこなしている汰一に言われると、冗談だと分かっていても嫌味に聞こえてしまう。
「おー怖い、怖い。まぁ、元気出せよ。一日はまだ、長いんだぜ? 朝からそんなじゃ夜にまでもたねーぞ」
「……いや、汰一こそ朝からそのテンションでよく一日もつよね。信じらんね」
「そりゃ、俺だからな!!」
晴翔の軽い嫌味にも全く動じずに汰一はそう言って、わざとらしくワハハ、と笑って見せた。
「意味わかんねー」
晴翔も汰一の底がしれない明るさと鈍感さの前に、嫌味を言った自分の方がバカらしくなって笑った。
「で、また例の女なのか? なんかあったのか?」
「なんもねーよ。本当に。何もなかったんだよ……」
もしかしたら昨日の夜は偶々、用事があってこれなかったのかもしれない。それに、この前に会った時、あの子は怪我だと言っていたから病院に行っていたのかもしれない。しかし、それでも晴翔は少女の事が気になってしょうがなかった。
「ふーん。俺にはサッパリだな。よくもまあ、数回あって少し話したくらいの女の尻をそんなにマジで追いかけられるよな。さすが童貞」
「だから、別にそんなじゃないって。それに、お前も童貞だろ!!」
「はは、違いない。童貞同盟でも組むか?」
「組まねーよ、馬鹿」
そんな馬鹿げたもん組んでたまるか。 どうでもいい冗談を言い合っているうちに高校へと到着した。
二人は校門の前で自転車を降り、他の登校してきた生徒に紛れて駐輪場まで押していく。
体育館の横を曲がり駐輪場へ辿り着いた時、二人の視界に自転車に鍵を掛ける少女の姿が映った。
「……うわ、朝から本当について無い日だ」
隣の汰一にすら聞こえない様な小さな声でボソッと呟いてから晴翔は顔を顰める。
思わず晴翔が顔を顰めてしまったのは、あの少女に面識があったからだ。名前は
余計なことを考えている間に汰一は凛花との距離を詰めていき、いつもの底抜けに明るい声で話しかけた。
「おっはよー、りっちゃん!! 相変わらず可愛いね!!」
凛花は汰一に声を掛けられて顔を上げる。その瞳に汰一の姿をとらえるとまるで天使の様な笑みを浮かべた。
明るい金髪にパーマをして掛けた、
「おはよー、汰一。それと……」
その破壊力抜群の笑顔で汰一に明るく挨拶した後、凛花は晴翔に目を向けてあからさまに嫌な顔をした。
「それと……何だよ?」
心の中で毒づいたつもりがつい言葉に出してしまった。
「……チッ。あたし、気安く話しかけないでって言ったよね? 」
凛花は露骨に舌打ちして言った。さっきまでの高い声とは打って変わって、低く冷たい声だった。
「そりゃ、言われたけどさ。何で、僕のことそこまで避けるのさ? 昔は仲良かったのに……」
一年前までは三人はいつも一緒だった。地元の小さな中学校で同じバスケ部に所属して、共に汗を流していた。練習帰りは毎日、汰一の家によって三人で夕飯を食べた後にゲームをしたりした。
それが一年ほど前から、凛花は晴翔への態度を大きく変えた。晴翔は今もその理由が分からないでいる。
一瞬、凛花は目を見開いてからワナワナと震えだした。そして、大きく息を吐いてから言う。
「……呆れた。そんな事も分からないの? よく自分の胸に手当てて考えてみたら? このウジ虫野郎」
「ウ、ウジ虫野郎……」
流石にウジ虫野郎は酷いだろ、と晴翔は思った。今までも何かにつけて酷いことをいわれたことはあったが、流石にウジ虫レベルは無かった。
「……りっちゃん、それは言い過ぎだよ」
見かねた、汰一がそれとなく凛花を宥める。凛花の気迫に気圧されてか、少しばかり汰一の声が小さく感じた。
「なに? 汰一はそこのウジ虫の味方なの? あんただって、あたしと同じじゃない? それなのによく、こんなウジ虫野郎とつるんでいられるわね」
それが逆に凛花の逆鱗に触れたらしく、まくしたてる様に凛花は言った。
「そ、そりゃ、晴翔は俺の親友だからな。そう簡単には離れねーよ。凛花、お前は違ったのか? 」
「ッ!? そんなの知らない!! 兎に角、あたしはそこの"裏切り者"が大っ嫌いなのよ!! これ以上、話してても埒があかないわ……」
そう言って凛花は校舎の方へと足早に歩いて行ってしまった。
「おい、凛花!! 待てって、なあ、おい!!……行っちまったよ」
汰一の制止の声も聞かずにさっさと教室へ行ってしまった凛花を呆然と見送った後に晴翔は大きくため息を吐いた。
「なあ、我が友よ」
「何だ、我が親友よ」
「僕はあいつを裏切ったのか? いつ、どうやって? 」
晴翔は凛花が去り際に言い放った"裏切り者"という言葉に引っかかっていた。おそらく凛花の晴翔への態度が急変したのはそれが原因だと思った。
「……さあな。ただ俺には凛花の言いたい事も分からないではない。だからと言って、晴翔と俺が親友なのは揺るがないから安心しろ」
「そこは安心してるよ。僕はただ、昔みたいに三人で仲良くできないのかなって思っただけだから」
ただそれだけだった。晴翔は昔の様に三人で仲良く遊んで他愛もない会話をして時間を過ごしていく。それを望んでいた。
過去に何度か直接、凛花に尋ねた事があったがいずれも怒鳴られて追い返されてきた。
「無理だろうな……。少なくても今の晴翔じゃ凛花はついてこねーよ」
「どういう……」
そう言った汰一の表情はいつもと違ってかどこか暗い影があった。晴翔はどういうことか聞こうと思ったが、汰一のその表情を見るとそれ以上は言葉が出なかった。
「ま、何だ。りっちゃんにはりっちゃんの想いがあるって事を分かってやれよ。何の理由もなしにあんなこと言う奴じゃないのは我が親友が一番よく知ってるんだろ?」
そう言う汰一の表情にはあの暗い影は既になくいつもの明るい笑顔が浮かべられている。
「そうだな、あいつは何の理由もなしにあんなこと言わねーよな」
仲の良かった頃の凛花を思い浮かべながら晴翔は自分に言い聞かせる様にそう言った。
「それより、さっきのりっちゃん怖かったな。高校入って髪の毛金髪にしてパーマかけて化粧もする様になった時も怖かったけど、さっきのアレは超怖かった」
「ビビってたのかよ……。まあ、女子が怒鳴る時は大抵、怖いよな」
「ああ、女の大声ほど怖いものはないぜ……」
二人はカラカラと笑い合った。色んな想いが湧き上がってくるけどこの先、二人なら何とかなる様な気がした。
「で、我が親友よ。今何時だ?」
「えーと、八時三十九分……やっべ、ちこくだよ!!」
ーー今はまだ、このままでいい。少しづつぶつかって、砕けて、変わっていけば。
二人は顔を見合わせてからダッシュで教室に向かったのだった。
フルカラープログラム〜翼のない君へ〜 鳳山ヒイチ @83573614
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