4.



 第一理科室には幾つかの怪談があった。

 そのうちで現状、身近に語られている話はふたつ。


 ひとつは「夜に徘徊する人体模型」――。

 もうひとつは「踊る骨格標本」――。


 それらの話は従来、理科部員の間で「理科室あるあるネタ」として、ときたま話の俎上そじょうに上がるレベルのものであったのだという。それも新入部員が入ったときや、部外者に理科室を紹介する必要が生じた場合の思い出される――関心の持たれ方はせいぜいその程度であった。


 そう、ほんのついさっきまでは。



                  *



 数十分前のことである。他の例に漏れず、理科部もまた近日の新歓に向けて準備を進めていた。その際、またこれも例に漏れず、部員たちの話題は怪異の目撃の話になった。やれ「そういえば休み中に人体模型の位置が変わっていた」だの、やれ「警備のおじさんが骨格標本が動くのを見たらしい」だの、話は取り留めなく弾んだ。


 ――が、そのとき。


 ふいに理科室の照明が消えた。先ほどの停電である。突然の暗転。外ではぴしゃりと雷鳴が響き、廊下からは隙間風が唸りを上げた。想定外の出来事に部員たちは多少動じたものの、そこは理科部員。実験器具を扱っている最中であったこともあり、危険があってはいけないと、互いに程なく落ち着きを取り戻した。

 しかし。

 異変はそれだけに留まらなかった。

 暗がりの教室の隅で、硬い何かが動く音がしたという。

 かたっ……。

 かたかたっ……。

 異質な気配を察した部員たちは振り返り、そして全員が目を疑った。そこでは例の人体模型と骨格標本が、、それぞれぎこちなく身体を震わせていたのである。手足を不気味にひくつかせ、やがてひとりでに歩き始める人体模型と骨格標本。驚きと恐怖に身動きが取れないでいる理科部員を前に、二体はじりじりと距離を詰めていった。部員の誰かが実験器具を取り落とし、割れたガラス片が飛び散った。

 窓外は雷雨。轟々とした異様な空気が部員たちの焦燥を誘った。そして次にカッと稲光が走ったのを合図に人体模型と骨格標本が大きく跳躍、部員たちに襲いかかる……!


 ――かに思えた、次の瞬間であった。


 理科室に一人の女子生徒が颯爽と現れていた。

 その女子生徒は何処からかを取り出し、まさにいま飛びかからんとしていた人体模型を一刀両断、同時に骨格標本を一瞬で突き崩した。

 二体はあっという間に沈黙した。

 唖然とする理科部員一同を前に、彼女は短く「では」と一言だけを残し、現れたときと同じ様に、颯爽と教室を去っていったのだった―――――。



                  *



「なんだその話」


 布津ふつが間髪容れずツッコミを入れた。

 容赦がない。


「い、いや、僕たちだって何が何やらだ。こっちが誰かに説明してほしいよ」


 メガネの理科部員男子も釈明で応答した。


「で。その直後にここへ来たのが僕たち、という訳ですか」


 僕の問いに彼は首肯した。



                  *



 確かによく分からない話である。

 作り話にしても、ホラーなのか不条理劇なのか……。

 何よりオチが雑過ぎる。


 ――と、普通ならそう考えて終わるところなのだが。


 この一見荒唐無稽な話の素性に、僕は覚えがあった。耳に馴染んだストーリーに親近感すらあった。



                  *


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