3.



「しかし或人あると、急な停電だってのに全然動揺しないのな」

「それはまあね……。だってさ布津ふつ、考えてもみてよ」

「何がだよ」

「この状況を、さ」


 幽霊の噂がささやかれる学校。

 外は激しい雷雨。

 探索を開始した直後の停電。

 ……どれもホラーや怪異ものにありがちなパターンだ。


「これだけおあつらえ向きの要素が揃ってしまうとさ、如何にも『さあ怖がれ!』と言われているみたいで興ざめしてしまう……そう思わないかい」

「現実を前にそう言い切ってしまうお前の胆力が嘘っぽい」


 布津は冷ややかな視線を向けた。



                  *



 百物語では席上に百本の蠟燭ろうそくを立て、一話語り終えるごとに一本火を消していくという。そして百話すべてが終わって百本目の蝋燭を吹き消したとき、暗闇の中から本当の怪異が現れるのだ――そう言われている。


 では、それを現在のこの学校に置き換えてみるとどうだろうか。


 百話どころでは済まない数の怪談を語り合う生徒たち。

 灯心を吹き消したように真っ暗闇に包まれた校舎。

 廊下の暗がりの向こうに潜むのは百一話目の怪談か。

 それとも――――。


「いやあ。いろいろ怪異譚を聞きかじっているとさ、話の型に馴れてしまうというか、状況を分類するふうに思考が流れてしまうというか……ははっ、参ったね」

「言っておくが、何ひとつとして褒めていないからな、俺は」



                  *



 そんなことをぐだぐだと話しているうちに理科室の前にたどり着く。

 校舎二階、第一理科室。

 別称、生物実験室。

 停電はまだ復旧しないらしく、部屋の中も外も暗いままであった。

 針見はりみ先輩の情報に拠れば、今日の放課後は理科部が活動中とのことだったが――、


「すみません。生徒会の代理の者ですが、失礼しま――」


 ――と、軽くノックをしてドアを引くと、薄暗い室内にあったのはしかし意外な光景であった。

 そこには理科部員らしき生徒数名――全員制服の上から白衣を羽織っていたのでそう判断した――が、床の上に尻もちをついた状態で座り込んでいたのだった。彼らはみな驚愕の表情で放心しており、どうやら腰を抜かしているらしかった。

 そして部員たちの視線の先――部屋の中央の床には、壊れた人体模型と、ばらばらに砕けた人骨……は、きっと骨格標本だろう。合わせてビーカー等の実験器具が砕けて幾つか散らばっている。

 まるで嵐の後のような惨状であった。

 僕たちが来る前に、ここで何があったのだろう……?



                  *



「あのう、すみません……」


 僕は部員の一人と思われる男子生徒(メガネがずれている)に、やんわりと話しかけようとしたのだが、


「……えっ。あ、えっ!? なな、なにか!?」


 と、酷く驚かれてしまった。


「あの、僕、生徒会の代理で怪談騒動の調査に来ました、二年の暮樫くれがしと言いますが……その、何かお取込み中だったでしょうか……?」

「え…………あ、ああ! はいはい、うん、生徒会の! 話は聞いています!」


 よかった。

 連絡はきちんと届いているようだ。


「それでその……失礼ですが、これはどういった状況で……」

「ああ、そうだね。それが……」

 

 メガネの彼はゆっくりと立ち上がった。


「これもそのたぶん、まさに怪談に関係しているのだと思うんだけど……如何せん僕たちもまだ混乱していて……」


 彼はそう言って、ずり落ちかけていたメガネの位置を正した。



                  *


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