5.



「いち、に、さん、し――」


 自分にも、そして周囲にも分かるように、声に出しながら一段一段を踏みしめて、僕は階段を上った。

 魔の十三階段。

 行く者を死後の世界へといざなう階段の怪異。

 本来であれば、行き着く先は異界の入り口だが――、


「じゅう、じゅういち、じゅうに、っと……。あれ。十二段ですね」


 上り終えて、僕は踊り場から先輩方を振り返った。


「へ……!? そ、そんな馬鹿な。あれだけ繰り返し確かめたってのに!」

「いえ。でも、十二段でしたよ。なんならもっかい――」


 いち、に、さん……と、僕は上段から再度段数を数え直して下りた。


「……じゅういち、じゅうに――ほらね」

「い、いやっ。でも確かに……」

「では、もう一度数えてみましょうか。僕もご一緒しますので」

「おうっ、望むところだ!」


 かの先輩は威勢よく意気込んだ。制服の腕をまくり上げ、今にも走り出しそうな気迫であった。これは調査であって、試合でも勝負でもないのだが……。

 個人的に、あまり熱の籠った言動は苦手である。対人関係はドライなくらいがちょうどよい。そう、例えば我が妹のように。


「ではいきますよ。いち、に、さん……」


 今度は先輩と並んで踊り場まで上り着くが――、


「ほ、ほんとうだ……。十二段しかない……だと……」


 信じられないといった表情の先輩。先程までの自信に満ち満ちた態度が嘘のようであった。



                  *



「……そ、そうだ、証拠写真も撮ってあるんだ!」


 そう言って先輩は、やにわに制服のポケットに手を突っ込んだかと思うと、自分のスマートフォンを取り出してみせた。


「ほら、見てくれっ」


 と、彼がタップしたスマホ画面には、目の前の階段を正面から撮影した写真が表示されていた。彼が写真をスライドさせると、またもう一枚、階段の写真が現れる。まったく同じ場所の階段を、まったく同じ構図で撮った写真だ。


「こっちは今朝撮った奴で……で、こっちがさっき放課後になってから撮った奴だ。数えてみてくれ。一枚目は十二段なのに、二枚目だと十三段になっているだろう?」

「ええと、いち、に、さん、し…………いえ、失礼ですが、僕が見た感じですと、どっちも十二段しかないですけど」


 先輩がぐいぐいスマホを寄せてくるので、僕は仕方なく写真をあらためた。


「はあ!? そんなはずは――いち、に、さん、し…………おう、やっぱ十三あるじゃねぇか!」

「では、もういちど僕が数えてみましょう。ちょっとそのスマホをお借りしてもよろしいでしょうか?」

「おう、やってみろよ!」


 やけくそ気味にスマホを差し出される。

 だから別に勝負ではないのだが。


「では、見ていてくださいね。いち、に、さん、し…………じゅういち、じゅうに。ほらね、十二段ですよ」

「マ、マジかよ……」


 僕が数えるのを横で凝視していた先輩は、目を見開いて愕然としている。

 いけない。

 僕がをするといつもこうだ。

 怪異を体験しようにも、――。



                  *



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