8.



「それで暮樫くれがしさんにお願いしたいことの本題なのですが……」


 針見はりみ先輩があらためて切り出した。


「暮樫さんには生徒会の者に同行していただいてですね、ええ、この統計データを元に、怪異が出現するという場所を検分していただきたいのです。謂わば、実地調査、現場検証ですね」

「はあ……ということは、僕はその同行した現場でアドバイスをすればよいと、そういうことでしょうか……?」

「ええ、その通りです。そういうことですね、ええ」

「ううん……」

「お伺いしたところですと、暮樫さんご自身も校内の怪異探求には興味がおありとのことですし――どうです、もののついでとお考えになれば、そう悪いお話ではないと思うのですが……如何いかがでしょうか?」


 じわじわと外堀を埋められていくようであった。これは時間が経つにつれて断りづらくなっていくパターンか。

 いや、実のところ固執して断る理由もそれほどないのだが。ないのだが……。



                  *



「――お言葉ですが、針見会長」


 そのとき。

 それまでツッコミや相槌に終始していた布津ふつが、自分から口を開いた。


「ええ、なんでしょう?」

「どれだけ怪談が広まってしまってイベントの開催が危ういと言ったってですね、わざわざこいつ……或人あるとを引っ張り出さなくても、針見会長が全校に向けて否定のメッセージを発信すれば、それでよいのではないですか?」


 布津が迫るようにして言った。その口調は荒らげてこそなかったが、少し怒気が籠められているように聞こえた。


「そんな怪しい噂は嘘だ、根も葉もないことだ、幽霊なんて見間違いだと、そう言い切ってしまえば済む話なのでは? 反対している先生方にしたってそうです。信頼と実績のある会長なら、みんなが納得する理屈を提示できるでしょう」

「…………そうですね、ええ、そうなのでしょう。生徒会の中でもそのように助言してくださる声もありました。しかし――」

「しかし?」


 僕の横で布津と針見先輩が静かに火花を散らしていた。

 なんだろう、とても居心地がよろしくない。



                  *



「しかし――私はそれはあまりしたくないのです、ええ、したくはないのです」


 針見先輩は繰り返した。その言葉には、何か先輩個人の信念が感じられるようであった。


「頭ごなしに否定することはある意味で簡単ですし、ええ、効果的かもしれません。私が説得すればそれで理解を示してくださる方がいるというのも、それはええ、事実なのでしょう」


 ですが――、


「ですが正直に申しまして、私は目撃されたというお化けや幽霊が本当にいるかいないかというところは、ええ、正直に申しまして、どちらでもよいと思っているのですよ」

「何故です。確かに目撃談は多いですよ。でも、おそらくリアルな目撃者は全校生徒のほんの一握りだと思います。と言うから、みんなそんな気になっているという輩が大半でしょう。そんなの――会長が『いない』と一喝してやればいいだけじゃないのか」


 布津は珍しく饒舌であった。普段はもっぱらツッコミ役に徹している布津が、こんなにも忌憚きたんなく自分の意見を述べる姿は今まで見たことがなかった。

 何が彼をそんなにも焚きつけるのか。そのときの僕には、皆目分からなかった。



                  *


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