9.
「ええ、だからこそ、です」
「現に噂がこれだけ広まってしまって、それらの話を尤もらしいと生徒のみなさんが考えていることこそが、ええ、それこそが解消すべき案件です。要は認識の問題ですね、ええ」
認識の問題。
誰が何を信じ、どのように見るのかという問題。
それは、僕が妹と怪異に対して抱えている懸案にも似ている。
「誰しもやはり、信頼するのは自分に近しい者の言葉です。譬えそれが真実かどうかが疑わしい情報でも、私が大上段に構えて打ち消そうとすれば逆効果になってしまうでしょう……」
「しかし、会長――」
「
「あっ、はい」
「ですからだからこそ――だからこそ、この分野に詳しい暮樫さんに、納得できる落としどころを見つけていただきたいのです」
「針見先輩……」
「……いえ、この際、きれいな解決は必ずしも望みません。こじつけのような理屈づけをしても、みなさん納得なさらないでしょう」
「で、では、僕はどうすれば……?」
「ええ、ですので怪異の真相を暴いてくれとは申しません。ただ隣で助言をしてくださるだけでよいのです。責任は私が負います。騒動を解決するもしないも、最終的には私たち生徒会の仕事に帰結するでしょう」
*
「それは……あくまで僕は怪異に深くかかわることはない、と考えてよいのでしょうか」
「ええ、暮樫さんがお望みであるならそのように計らいます。こちらからお願いする以上、そこは最大限配慮しますので。どうか生徒会にお任せください。それに――」
言いかけて、針見先輩はふふっと、柔らかい笑みを
「それに、今年の一年生には暮樫さんの妹さんもいらっしゃるとお聞きしています。今回の新入生歓迎イベントが成功すればきっと、妹さんのよき高校生活のスタートにつながることをお約束しますよ」
「その話――僕に妹がいるという話も、
「あっ。……………………ええ、はい。そうです、ええ、そうですね」
なんだ、いまの間。
*
「それはその、僕の実家の事情も含めて聞いている、ということでしょうか?」
「ええ、それは……」
先輩が言い澱んだ。しかし妹のことまで知っているとなると、針見先輩が何処まで僕に関する情報を把握しているのかが気になってしまった。何処まで僕の実家に関する情報を得ているのか気になってしまった。
怪異に干渉することを生業としてきた暮樫家の事情。普段明かさないだけで、特段秘匿している訳でもない実家の来歴――事前に調べようと思えば、幾らでも調べがつくだろう。生徒会が、単に僕の怪談好きの性分だけでなく、家の事情までをも知った状態でアドバイザーの依頼を持ち掛けてきたとすると、僕としてもまた判断が違ってくるが……。
*
「申し訳ありません……!」
ふいに、針見先輩が頭を下げた。彼女のまとまりなく長い髪が、僕の眼前で大きく垂れ下がった。
「えっ、あの、その」
「暮樫さんのご実家がまじないごとに関係する家柄であることは、前以て聞き及んでいました。ええ、そうです、ええ、私はそれを知ったうえで暮樫さんにお願いをしていました。そのことをお伝えしていなかったのは私の手落ちです。フェアでなかったと言われればその通りです。申し開きもありません……!」
「そ、そんな、先輩、どうか頭を上げてください」
斯くも率直に謝られると、僕も返答に窮してしまう。
「ただ……今回のことで暮樫さんにご依頼したのは、それが理由ではありません。暮樫さん個人が怪異怪談にお詳しいという、その点のみを頼ってのことだったのです。ご実家の事情は関係ないのです。信じていただけないかもしれませんが……」
「い、いえ、そこまで謝っていただくことでは……。元々断る理由も特になかったですし……」
「ですが……」
「それに、先輩の言う、怪異がいるかいないかはどちらでもよいという姿勢は僕も賛同するところですし……いいですよ、このお話、お引き受けします」
「本当ですか!」
先輩がぱっと顔を明るくした。無邪気にさえ見えるふわふわした笑顔が目に眩しく映った。
「は、はい。僕もちょうど怪談の聞き込みの続きに行こうと思っていたところでしたので」
「それはええ、なんと、ええ、お礼を申し上げたらいいか……」
「だから大げさですよ」
「ええ、すみません。……では、これで交渉成立ということで」
針見先輩はそう言って再度にこりと微笑んだ。急激な態度の変わりようが何やら演技染みてもいたが、まあ、考えすぎだろう。
それにもし――もし仮に、僕が先輩の話術によいように乗せられているのだとしても、それはそれで構わないことだと思った。恐らくは、こちらから生徒会室まで出向いた時点で、結末はある程度決定していたのだ。
「
布津はなおも不満げであった。
*
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