3.



「平たく申しまして、ええ、ほとほと困っているのです」


 そのように言葉をこぼした針見はりみ先輩の顔は穏やかで、とても困っているふうには見えなかった。いまにも大崩壊を起こしそうな書類の山に囲まれた生徒会室の片隅で、僕たちはめいめい丸椅子に座って対面していた。不可避的に、先輩とも膝を突き合わせるような格好となってしまい、些か狭苦しい。


「困っている――ですか」

「ええ、困っているのです」

「はあ」

「ええ」


 僕の相槌に彼女はそう繰り返した。

 なんだろう、この……丁寧な口調にもかかわらず、微妙にやりづらい感じは。僕が彼女の発言を確認したつもりが、逆にこちらが念を押されたような具合になってしまっている。

 どうにも反論や突っ込みをしづらいタイプの人だな、と僕は思った。



                  *



 針見りよん先輩。三年生の女子で、生徒会長。僕たちと同じく丸椅子に腰かけた彼女は、とくべつ小柄と言うのではないが、色白で線の細い――何処か病弱そうで儚げな雰囲気を漂わせていた。

 だらりと伸ばした長い髪はところどころ気ままに跳ね上がっており、セーラー服も華奢な体型以上にだぶついて見える。失礼を承知で指摘すれば、他の上級生女子と比し、然してファッションに気を遣っているようには見えない。が、あるいはそれは生徒会長という役職の多忙さ故かもしれず、実際、目の前に座る先輩の表情には心なしか疲労のかげが差して見えた。


「それで暮樫くれがしさんには私たち生徒会のアドバイザーになっていただきたいのです」


 針見先輩は静かに言った。


「……アドバイザー?」


 それは学校生活では聞きなれない用語であった。隣を見ると布津ふつは頷くでもなく質問するでもなく、腕を組んでじっと座っていた。マジでこいつはどうしてついてきたのだろう。


「よく分からないんですが……。それは、どういった向きの?」


 仕方なしに、僕は自分で質問をしなければならなかった。

 すると、


「ええ、そうですね……。まずは順を追ってご説明しましょうか」


 そうして先輩は幾らか視線を宙に走らせたが、


「生徒会執行部主導で、近く新歓……ええ、新入生歓迎イベントの開催が予定されているのはご存知ですよね?」


 そう言って、僕らに同意を促した。


「それは知ってますが……」

「今年は例年の歓迎会とは少し趣向を変えまして、より大きな規模のイベントを準備しているのです」



                  *


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