潜り込む

「なら、その爺さんは王として闘っていたんだな」

 勇者の言葉に悪魔王は笑った。

「我には及ばなかったがな。……しかし、ここに至るまで随分と時間が掛かった。それ程までに我の傷は深かったということか」

 悪魔王は自らの体を念入りに確認している。どうやら、表に出てきたのは久々のようだ。

「さあ、無駄話はもういいだろう。久々の外気にはしゃいでしまったな」

「一思いに頼むよ」

「馬鹿を言え。死よりも苦しい地獄を見せてやる」

 悪魔王は勇者に近づいた。そして、ルイスに離れていろと手で合図した。

「……向こうの吹雪はそんなに厳しいか。獣人のお前が外套を身に纏うとは」

「いいえ、そうでもないわ」

 ブラッドの声が聞こえたと同時に悪魔王の首が視界から消えた。ルイスの外套から飛び出したブラッドはそのまま、倒れた首のない悪魔王の身体にある赤い球を踏み付ける。

「たしか雑魚を集めて身に纏うのよね。わらわら集られても困るのよ、面倒だし」

「貴様は勇者の……!」

 悪魔王は悶え苦しみながら頭だけでこちらを睨みつけている。周りにいた獣人や人間は戸惑っている。勇者はそれを見ながら、彼らはどちら側なのだろうかと考えていた。

「この核さえ壊せばよかったのよね」

 ブラッドは踏みつけていた核を拾い上げる。赤い球体だが、生きているかのように脈打っている。

「や、やめろぉ」

「ふんっ」

 ブラッドは果物でも潰すかのように手に力を入れた。核はビキビキと音を立ててヒビが入る。

「があああああああ!」

「粉微塵にできなかった」

 ブラッドは口を尖らせた。悪魔王の生首は毛の無い頭に血管を浮かび上がらせ白目を剥いて叫んでいる。

「取り返せぇぇ!」

 悪魔王の叫びと共に、周りにいた獣人や人間の口から黒いモヤが吐き出される。どうやら、王同様に乗っ取っとられていたらしい。出てきたモヤはブラッドに近寄って行く。

「やめなさい。さもないと死よりも苦しい地獄を見せてあげるわよ」

 ブラッドは足元の雪を払うと、核を地面に当てて削り始めた。

「ァァァァァァァア!」

 悪魔王の首は先ほどより一段と高く、そして大きな声を上げた。

 核は頑丈で、勇者の目から見て擦り下ろされているようには見えないが、苦しむ様からして相当の痛みを伴っているようだった。

「部下を下げなさい」

 核をザリザリと地面に擦りながらブラッドは笑う。黒いモヤは蒸発するかのように消えて行く。

「息はある。王もだ」

 ルイスは倒れた者たちを確認して言った。

「あんたが死ねばあの召喚も止まるのね」

「……どうだかな」

 ザリザリザリザリ。ブラッドは容赦なく核を擦り下ろしていく。勇者の目視でも既に三分の一は削られていた。悪魔王は断末魔を上げながら何かを伝えようとしているが、こちらの耳には断末魔しか届かなかった。

「なに? どうなるの? え?」

 ブラッドは悲鳴を遮るように怒鳴るが、擦り下ろす手は止めなかった。

「……止まる! だが、今すぐ解除できるから止めァァァァァァァア」

「え?」

 ブラッドは高速で手を動かし地面からは煙が出ている。悪魔王は穴という穴から水を出し、やがて声を上げなくなった。

「ふぅ……」

 ブラッドは満足気に額の汗を拭うと、手に残っていた核の残骸を投げ捨てた。

「おい、終わったのか?」

 ルイスが戸惑いを露わにしている。

「みたいだな」

 勇者は曖昧に頷きながら、ブラッドは変わってないなとしみじみ思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る