勇者は縄で縛られ、王の前に連れ出された。先ほどの砦の前には、王以外にも数人の戦士がいたが、明らかに数が減っていた。砦の先のモンスター達をどうにかする気は無いようだ。

「ルイス、どういうことだ? お前が何故?」

 王は明確な警戒の色を見せた。分厚い外套を身に纏ったルイスは物怖じせずに答え始める。

「これ以上、仲間を失いたくはない。こいつを渡せば、アレも終わるんだろう」

「……賢くなったではないか。我々の行動に文句ばかり言っていたお前がな」

「あの軍団を切り抜けそうだった。あのまま逃げられでもしたらまた仲間が死ぬ。だから、捕まえた。あの大規模召喚を止めてさえくれればすぐに此処に戻ってこれたがな」

「アレは止めるのには余計な負荷がかかる」

「他の仲間は知らんが、勇者と一緒にいた奴は殺した」

「お前が言うのだから間違いないだろう。勇者に家族を皆殺しにされたお前としては、自分でそいつを殺してやりたいだろう?」

 王の言葉を受け、勇者は思わずルイスの顔を見た。彼の家族は勇者に殺されたのか。それでも彼は手を貸してくれている。勇者は頭にちらついた疑いを振り払った。今は彼を信じるしかない。

「仲間が死ななければそれでいい」

「そうだ。人様のことを心配する必要はない。自分たちだけが生き残る方法を考えるんだ。それがこの最果ての国の住民なのだ」

 王は深く頷きながら言った。勇者は思わず舌打ちする。とんだ爺さんだ。人の良い王だと信じてしまった自分が悔しい。

「これで見納めだろ。一体アレはなんだったんだ」

「皆の言う通り、エネルギーの補給に他ならん。我々は勇者によって相当の損害を被った。だが、次の勇者を仕留めれば、魔王様もきっとお喜びになる」

 王は空を仰ぐ。その声からは焦りに近いものを感じる。

「我が軍勢が大打撃を受け、魔王様からお言葉をもらえなくなって随分と経つ……。勇者の首ならば、必ず!」

 王は明らかに興奮していた。どうやら、魔王に見放され、挽回のチャンスを待っていたらしい。しかし、何も知らない勇者が聞いても違和感を覚える。

「さっきからなんだその言い方は。まるであんたが魔王の手先かのようだな」

 勇者の心を代弁するかのようにルイスが口を開いた。

「今更隠すことでもあるまい」

 王は笑うと、口からどす黒いモヤを吐き出した。モヤは垂れ流され、足元を覆っていく。吐き切った王は倒れてしまう。

 足元のモヤが集まり、人型を形成していく。

「悪魔王……?」

 ルイスは驚いたような声を出す。モヤに見覚えがあるらしい。

「いかにも。我は勇者に粉微塵にされた後、最後の力を使いこの老いぼれの体に潜り込んだ」

 モヤだったモノは、獣人たちと同じ大きさになり、輪郭を整え始めた。

 髪のない頭、真っ白な肌の顔。顔こそ人のようであるものの、歯はどう猛な肉食魚のように並び、首から下は骸骨のように肉がなかった。胸の骨や隙間から赤い球が脈打っているのが見えた。

「最初はこいつの自由にさせていたが、まさか我が呼び出した兵隊を迎え撃つとは思わなんだ。潜り込むのもそろそろ限界かというところに勇者が現れた。まだまだ我の悪運も残っていたようだな」

 悪魔王と呼ばれたそれは厭らしく微笑んだ。

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