悪魔王

「ここにいる人以外はあのモヤの影響を受けてないのかしら。それを聞き忘れたわ」

 ブラッドは寒いのか、勇者を後ろから抱きしめ(一般的には羽交い締め)ながら言った。

「先程まで沢山いたが、わざわざ砦から退避させている。監視役がいるなら別だが、ある程度は大丈夫じゃないか」

 ルイスは砦を上りながら答える。上りきると、向こう側を確認し、こちらを向いた。

「奴らは皆倒れている。まるで魂を抜かれたみたいだ」

 悪魔王は真剣に命と真実を天秤に掛けていたらしい。

「だが、少しおかしい。奴らは光に包まれて消えてはいないし、吹雪は止んだままだ」

 ルイスは砦の上から勇者の前に飛び降りた。平原は切り抜かれたように未だ雪が降っていないらしい。そして、いつもの召喚によると、ある程度の命を刈り取ると召喚された時のように光に包まれて消えるらしい。

「まだ死んでいないのか」

「解除じゃなくて死んだから、死体を動かすエネルギーだけ変えたのよ、多分」

「どうだろ。他のことに力を使う為に解除したのかな。前回も、どうにか生き延びたようだし」

 勇者はそう言いながら、ブラッドが投げ捨てた核の残りカスを拾い上げる。赤かった核は黒く変色しており、鼓動も感じ取れない。

「これじゃ、ないのか」

 勇者は念のため、魔力を封じ込める布に包み、魔法陣の中へしまった。モンスターの体から取れる素材は魔力を帯び、持ち運ぶのも危険な為、行商をしていた時はこのように封じ込めていた。今回は布をリリーに頼んで強化してもらったので、強度は安心だった。

「首はどこいった?」

 勇者が言うと、ブラッドが首を拾い上げた。白目を剥き、下をだらりと垂らしている。リリーには見せられない。

「リリーちゃんに頼んで粉微塵にしてもらった方が良さそう」

 ブラッドは言った。魔法で、という意味合いなのだろう。勇者は頷いた。

「おい、アレを見てくれ」

 ルイスが西の方角を指差した。彼が示したのは遠くの森であることが一目瞭然だった。

 そこには黒い柱が立っていた。遠いせいか、吹雪で霞んでいるせいか、それは先程吐き出されていた黒いモヤにも見えた。

「俺の目じゃうまく見えない。あれは何に見える?」

「禍々しい魔力の塊……蠢いているからモヤが集まっているのかもしれない」

 ルイスは勇者と同じ意見のようだ。彼のいうように、あの柱からは禍々しい気配を感じる。

「こっちもよ。いえ、四方かしら」

 ブラッドが周りを見渡しながら言った。彼女の言葉通り、同様の柱がそれぞれ、東西南北に立っている。

「悪魔王が何かやったのかしら」

「かもしれない」

「おい、何だあれは」

 ルイスが砦の先を指差した。そこには空を舞う骨や黒い塊が見えた。あれは。

「死体の残骸……」

 勇者は呟いた。平原にいた大量のモンスターだ。それが四方に分かれて飛んでいく。

「悪魔王ってたしか」

「ええ、自分の体に仲間を纏って巨大化していたわ」

 状況は似ている。勇者は息を吐く。さすがに簡単には終わらないらしい。

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