見えるもの

「くそ、重い!」

 勇者は苛立ち叫んだ。そろそろ群れに押し返されそうだった。ブラッドが居れば、という思考を振り払う。

「爆弾、爆弾でいこう!」

 ハヤブサの言葉と同時に、二人は盾にしていた怪物を蹴り飛ばした。魔法陣から爆弾を取り出して投げつける。

 爆弾は避ける気のない怪物に当たり、こちら側に跳ね返ってきた。それをハヤブサが素早く蹴り返すと、目の前の群れが吹っ飛んだ。

「危なかった!」

「今のは凄い!」

 二人は大声で言葉を交わした。自分が興奮しているのがわかる。いや、正確には奮い立たせているだけだ。そうでもしないと足と手が止まってしまいそうだ。

「大群向けの手立てがない! 動物呼べないのか!」

「届く距離を探ってるが、吹雪で届きそうにない!」

 爆弾で吹き飛んだ怪物を乗り越えて奥から群れがやってくる。突き進んだ道の脇から手が伸びる。怪物たちはゆっくりと腕を振り上げ、振り下ろす。

「屈め!」

 背後からの声に反応して二人は地面に這いつくばった。すると、目の前の怪物が大きく飛んだ。

「誰だよ!」

 ハヤブサの問いに答えるより先に、声の主は地面に張り付いていた二人を抱え上げ走り出した。鈍い音が頭に降り注ぐ。声の主が群れに突進しているらしい。

「他の二人はどうした」

「散らばった、狙いは一網打尽だろ」

「そうか、あいつの読みも外れたな」

 勇者には声に覚えがあった。顔を見ると、勇者を運んでくれた獣人だった。声を聞いたことのないハヤブサが動揺しているのが隣から伝わってくる。

「誰なんだ!」

「話は後だ、ここを抜ける」

 獣人は速度を上げ、怪物たちを体当たりで蹴散らしていく。

「どうする、勇者」

 ハヤブサが小声で呟いた。

「見えるもの信じるしかない」

 彼がこちらを殺すつもりなら今頃握り潰されているだろう。会話をするつもりがある。守ってくれる。今はそれだけを信じるしかない。

「吹雪に入ればどうにかなる、もう少し耐えてくれ」

「喋る余裕があるなら一ついいか」

「何だ」

「俺たちの味方は、あんただけか?」

「……今は恐らく、お前の味方は俺だけだ。だが、あいつらの敵ならもう少しいる」

「……わかった」

 勇者は黙って運ばれることを選んだ。

 あいつの読み。あいつらの敵。この国にはまだ争っている。現状、誰と誰が争っているのかはわからない。今わかっているのは、その「あいつ」は自分たちを狙っているということだけだった。

 ようやく勇者だという実感が湧いてきたような気がした。

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