大規模召喚

 空の黒雲が濃くなると、それに伴い雪が弱まり始めた。予想と反する天候の変化に、勇者は嵐が来る前の海を連想した。

 勇者たちは王に戦士たちの流れを聞き、移動をした。砦から平原を通り過ぎ、形としては挟み撃ちになるが、怪物たちは真っ直ぐ南下するため勇者らは様子を見ることになる。

「雪が疎らになってきたな」

 ハヤブサが空を見上げた。雪は穏やかになってきたが、どことなく漂う緊張感は強まっていく。

 勇者がリリーに目を向けると、目に宿る精霊が光を放っていた。集中しているのかと思い、声を掛けなかったが、彼女の方から言葉が出た。

「やはり、この召喚を行う魔王の部下がいるのでしょうか」

「勇者が倒し損ねたやつかな、どうなのブラちゃん」

「この国にいたのは性格と頭の悪い奴だったわ、悪魔王とか名乗ってたかしら。そいつ自体はそこまで強くないんだけど、周りを囲む部下が厄介で、片付けないと悪魔王に攻撃できないのよ」

 ブラッドは空を見上げながら答えた。戦いにおいて何故そのような作業を要するのか、勇者は分からなかったが、その場での事情があるのだろう。魔法かもしれないし、そもそも、部下を倒さないと現れないのかもしれない。

 勇者の表情が伝わったのか、ブラッドは足元の雪をすくい上げ、腕に乗せた。

「こう、たくさんのモンスターを体に纏っていたのよ。だから、攻撃が届かない。勇者の一撃で半分以上消し飛ぶんだけど、すぐにまた群がるから大変だったわ」

 ブラッドは雪を払う。悪魔王は圧倒的実力差を、圧倒的な数の差で埋めようとしたらしい。だが、ブラッドの言葉から出るのは全て過去形である。

「珍しく私たちで一斉攻撃よ。そうしたら、一瞬だったわ。可哀想なくらい」

 ブラッドは笑った。悪魔王は、大人しく勇者に一撃で葬られていた方が良かったのかもしれない。

「合図が来た。そろそろだぞ」

 ハヤブサが砦を指差した。その先には煙が上がっている。経験のある彼らは召喚のタイミングがある程度読めているらしい。

「……もしかして」

 リリーが空を見上げながら呟いた。他の三人もならって空を見上げるが、特に雲に変化はなく、雪が止みそうだった。

「この雪自体が、魔法陣……?」

 リリーが止みかけの雪を手で受け止め、呪文を唱える。すると、小さな雪はバチバチと音を立てて消えていく。

「どういうことだ」

 ハヤブサが頭に積もった雪を払った。

「遠くを見てください、向こうはまだ吹雪なんです」

 リリーの言葉を確認すると、その通りだった。勇者たちがいる平原の先は激しく雪が降っている。遠過ぎて誰も気がつかなかった。

「この雪が一つ一つ魔法陣となっていて、召喚の準備が進められているんです。何か合図が、もしかしたら、雪が止んだら発動するのかもしれません」

 リリーは杖を掲げ、呪文を唱える。杖から水が吹き出し、周囲の雪を押し退けていく。

「待てよ、それじゃ話が違う! 俺たちがいる場所は大規模召喚の場所から外れてるはずだぞ、それじゃ、ここは……」

 ハヤブサが青ざめた。他の者もその言葉の先の意味はわかっていた。

 ここは、大規模召喚の中心だった。

 周囲が光に包まれる。

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