モンスター

 勇者たちがブラッドに追いつくと、彼女は怪物を一体仕留めていた。怪物は大柄な人型の獣だった。先ほどの王の言葉が今になって耳に刺さる。

「これ、死んでるわ」

「殺したんでしょ」

 勇者の指摘にブラッドは首を振る。

「そうじゃなくて。このモンスターは死体だったの。多分向こうにいるのもそう」

 ブラッドはこちらに歩いて来る怪物を指差した。

「モンスターの死体が歩いてるってのか」

「リリーちゃん、わかるかしら」

「……たしかに、魔力を感じます。死体を操る、もしくは一時的に蘇生させる魔法かもしれません。蘇生といっても、自我を持っているかはわかりません。しかし、阻むものに襲い掛かるとのことでしたから何かしらの判断はできるのかと」

 怪物に杖をかざしながらリリーは言った。勇者はよくわからなかったので黙っていた。すると、リリーは気を利かせて説明を続ける。

「例えば、私の使えなくなった目に宿る精霊ですが、これが死体に宿ったとします。この精霊ならば、死体を動かし喋ることもできると思います。しかし、力の弱い精霊や、死体との相性が悪かった場合は満足に動かせるかも怪しいです」

「死霊魔術ってやつかな」

 勇者の言葉にリリーは頷いた。新鮮な死体に別の魂を落とし込み、使役する魔術師もいるという。もっとも、勇者は行商を手伝う中で、話に聞いても実際に出会ったことはなかった。

「モンスターのゾンビってことか」

 ハヤブサが言う。

「今倒したのは、私が進路を塞いだら大振りで襲ってきたわ。単調な攻撃。経験は積めないわ、残念ね、勇者」

「もう少しで大規模な召喚が始まるらしい。俺たちは遊撃隊として外側から回ろう。王の言う通り、あの人たちとモンスターの区別が付かない」

 勇者が言うと、ブラッドはきょとんとした顔をした。

「どうして、間違えて殺したらダメなの?」

 ブラッドの言葉に全員が固まった。リリーに至っては言葉の意味を飲み込み切れていないようだった。

 ハヤブサが口を開くが勇者がそれを制止した。王が心配するのもわかる。ブラッドにとっては、どれも同じにしか見えないのだろう。恐らく、抱えられるのを拒んだのもそのせいだ。

「……駄目だよ。俺の仲間ならよしてくれ」

 勇者が語気を強めると、ブラッドは「わかったわ」と頷いた。

「勇者が言うのなら従うわ。従うって言うのは命令とかじゃなく、方針としてね?」

「ありがとう」

 勇者はブラッドの肩を叩いた。「なによ?」と照れたように笑う彼女を見て、勇者は考える。

 彼女の中で思うことがあったとしても、それを出そうとはしないのだろう。彼女は今まで、ただ目の前の敵を倒すという単純な目標を淡々とこなしてきた。それが元来のものなのか、以前の勇者との旅の中で生まれたものなのかはわからない。

 それでも、照れ笑いする目の前のブラッドは、勇者の知るブラッドなのだ。例え彼女がモンスターだと畏怖されようと、仲間だと胸を張りたかった。

 同様に彼女にも、自分たちの仲間だと胸を張って欲しい。

「ほら、勇者、ぼーっとしてないで門に戻りましょう?」

 ブラッドは勢いよく勇者の背中を叩いた。勇者は頭から雪に突っ込みながら、今の考えていた時間を返して欲しいと舌打ちを鳴らした。

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