森林浴
港町から疾風の国へ来た者は驚くだろう。吹雪の国へ続く森は全くの別物になっている。
生命力豊かな木々たちが多かった反対側の森に対し、貧しい土質により周りを喰い散らかして生き残る植物たち。
食物連鎖が植物に適応されたこの森に足を踏み入れるのであれば、旅人は気をつけなければならない。
自分たちこそが食物連鎖の最下層にいるのだから。
「やっぱり自然は気持ちが良いわね」
ブラッドが伸びをする。
勇者たちは吹雪の国へ向かうため、森を歩いていた。港町から通った森は大きな木々が聳え立っていたが、こちらは常識的な大きさの木が並んでいた。
「この森は成長のサイクルが早いんだ。なんでも、土の質がかなり悪いらしく、木たちは栄養を搾り取るように成長する。だから、数本の木だけが緑に茂る……」
ハヤブサが困惑したように呟いた。数本どころか、どの木もしっかりと育っていた。
「はずだったんだが……」
「私たちのおかげね。狩り尽くしたモンスターたちが栄養になったに違いないわ」
死した肉塊は土に還り、少ない養分を掻き集めていた植物たちに満遍なく行き渡った。異常な成長速度を置き去りにした栄養豊富な環境は、枯れた地をどこにでもある森に育て上げた。
「前に来た時はたしかに荒れ地だったわ。だから、モンスターたちは逃げも隠れもできなかったの」
「可哀想」
勇者は呟いた。
「景色があまりにも違うからわかりにくいけど、方角はあってるはずよ」
ブラッドは指を差しながら言った。
「少し先に気配があります」
気持ちの良い空気を吸いながら歩いていると、リリーの言葉通り、かなり前方から人影が二つ、歩いてくる。
「遠すぎてわからないな。旅かな」
勇者が口にしたが、ハヤブサが首を振った。
「いや、あの肩当てのマークに見覚えがある。ここらを縄張りにしてる賊だ」
「私も見たわ。結構数がいて楽しかった。まだ生き残りがいたのね」
ブラッドが言う。勇者にとっては肩当てのマークが見えるほどの距離ではなかったので曖昧に頷いて誤魔化した。
「襲ってくるかもしれねぇな」
「向こうがブラちゃん知ってるならそんな自殺みたいなことはして来ないだろ」
しばらく進むと勇者にも賊が視認できる程の距離になる。男の二人組だ。装備を纏い、片方は剣、もう片方は弓を背負っている。
相手もこちらに気づいたようで、何か喚きながら武器を構えて近寄って来た。どうやら、獲物を見つけて喜んでいるらしい。
「あっ」
お互いの顔が確認できる距離になると、弓の賊がブラッドを指差して声を上げた。すぐさま剣の賊に小声で呟くと武器をしまって静かに歩き直した。どうやら、獲物は自分たちだと気が付いたらしい。
勇者は、下を向いてゆっくり通り過ぎようとする二人組を見て可哀想な気持ちになった。すれ違いざまの二人の表情は嘔吐寸前かと思う程青ざめていた。
「ねぇ」
「は! はあ! はあァい!?」
ブラッドが声を掛けると弓の賊は垂直に飛び上がり、剣の賊は地面に這いつくばった。
「吹雪の国ってこっちで合ってる?」
「え? ……え、と……。あ、吹雪の! 国! は、はい! 合ってます! この先に吊橋があるのでそこを渡れば!」
「そう」
「……お願いします。命だけは助けてください……」
這いつくばっている賊は涙と鼻水を垂らしながら懇願した。
「命は大切にしなさい」
ブラッドはにこりと微笑むと「よかった。合ってたわ」と勇者の肩を叩いた。
勇者たちが通り過ぎると、背後から「生きてる……俺たち生きてる……」と咽び泣く男の声と、嘔吐の音が聞こえてきた。
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