勇者と勇者

「勇者はこの世界には一人でいいんです。それを崩してはいけない」

 ナイトはリリーに優しく微笑んだ。リリーの表情は固かった。

「それに、新しい勇者という存在を、彼に会わせるわけにはいきませんでしたから」

「ねえ、ナイト。私が降ろされたのは魔王の城の直前よ? 貴方はいつ?」

「魔王の城の中程まで攻略したところです。一度、近くの村に戻り物資を補給したのですが、その時に話をしました」

 ナイトの返答に、ブラッドはふーんとだけ相槌を打つと黙った。

「恨んだりはしていません。貴女のように闘ったわけでもありませんしね。それに、握手をしました。彼とそういったことをするのは初めてでしたね……」

 そう言ってナイトも黙ってしまった。リリーは納得できないと目で訴えつつも、追求はしなかった。

「勇者はどうして消えたんだ? 何か知ってるんだろ。何も知らなきゃ、大急ぎで引き返してるはずだ」

 勇者はたずねた。ブラッドのように状況を知らなければ、まずは勇者を探すという選択肢を取るはずだ。しかし、この男は構わずに旅を遡り続けていた。

「何も知りませんよ。私は彼を信じています。彼ほど、不安や心配という言葉が似合わない人はいません」

 ナイトは笑っていた。こちらが多少のことではブラッドの安否を機にする必要がないのと同じような感覚なのだろう。それでも勇者としては彼女に「もしも」を考えてしまう。前勇者はそれすら感じない程の完全無欠なのだろうか。

「彼と貴方はまるで違う。同じ村なんですよね」

「ああ。けど、名前を知ってるだけで話したことはない。俺は父親の手伝いで村を離れることが多かったから年の近い知人はあまりいなかった」

 勇者が言うと、ナイトは少し残念そうに頷いた。前勇者の過去が知りたかったのかもしれない。少し悪いと思った勇者は当時の周りの言葉を思い出して口にする。

「村で一番勇敢な青年だったらしい」

「勇敢、ですか。はは、そうですよね。村を出た時はただの勇気ある青年なんですものね」

 ナイトは嬉しそうに微笑んだ。

「彼は世界を背負っていました。しかし、貴方はそうではなさそうだ」

「重いものは全部、先輩が背負っていったからね」

 勇者が言うと、ナイトはゆっくりと立ち上がった。

「私は明日、本拠地と別に聞き出した、人さらい達の拠点を潰して回ります。貴方達は疾風の国にある本拠地を潰してください」

「わかった」

「戦いにおいて貴方は並みの兵士と変わりませんが。強さがあります。それでは、良い夜を」

 ナイトは深々と頭を下げると部屋を出ていった。

「俺たちも明日に備えよう。諸々は明日伝えるよ」

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