はじめての仲間

 翌朝、旅の支度を終えた勇者は女に挨拶をし、宿屋を出た。暗雲の隙間から日が昇っているのは確認できたが外は静かだった。大勢が宴で騒ぎ疲れて眠っているのだろう。

「おお、あんた」

 声をかけられる。見ると、武器屋の看板と昨日の男が見えた。勇者が近づくと、男は頭を下げる。

「本当にありがとう。いろいろ考えてみるよ」

「それはよかった」

「昨日からあんたのアドバイス通り、軽食を売ろうと思ってるんだ。炎のナイフで切ったトーストなんてどうだ? 見た目も派手だし、出来立てだ」

「いいね、旅が終わったら寄るよ」

 二人は笑った。そして、男は口を開く。

「世界が暗くなった時、俺は何もできなかった、いや、何もしなかった。そして、怪物どもがいなくなって商売ができなくなった時も、俺は何もしなかった……。その結果が昨日だ。自分自身で変わらなきゃいけないんだよな」

「大丈夫、行動力はある。あんたの方が、勇者っぽいかもな」

 勇者は拳を突き出す。男は笑って拳をぶつけた。

「城に行くんだろ? あそこには俺が使ってたような魔法陣の手袋も売ってるはずだ」

「ありがとう」

「気をつけろよ!」

 勇者は強く打たれた手の痺れを隠しながら手を振った。そう、今の自分は実力だけで言えば、あの武器屋の男にすら敵わないだろう。もっと経験を積まなければならない。


「おい、勇者!」

 村の出入口に着くと、後ろからハヤブサの声が聞こえた。

「連れて行ってくれよ」

「なんで?」

 勇者は聞き返した。簡単に了承してもらえると思っていたのか、ハヤブサはたじろいだ。

「え、いや、ほら」

「俺についてくる理由があるのか?」

「……ドラゴンを追いたい」

 ハヤブサは下を向いた。

「ドラゴンは俺が守ってたんだ。帰って来ないなら、迎えに行かないと」

 ハヤブサは悔しそうに頭を垂れたまま言う。それを聞いた勇者は口を開く。

「何で今なんだ?」

「え?」

「心配なら、ついて行けばよかっただろ。勇者の消息が消えた時に、すぐに迎えに行けばよかっただろ。なんで一年もここにいるんだ?」

 勇者はわざと強い語調で問い詰めた。暗くて狭いところが苦手で、冒険に支障が出ると判断しここを出られない。だが、昨日の洞窟には飛び込んできた。その度胸でドラゴンを追えなかったのか。

「……俺は足手まといだ。洞窟に入れば体は震える。素早いだけで頭は回らない。ドラゴンが旅に出た時、俺はそれを実感した。自分は強いと言い聞かせてだらだらと過ごしてきた」

 ハヤブサは勇者の顔を見る。

「洞窟で騒ぎが起きた時、俺はまた足手まといだった。無関係なあんたが洞窟に入って、入口で待つ間、自分の情けなさが悔しくて涙が出た。そしたら、子供たちが来た。ここで動かなかったら、俺は死んだも同然だと思った。体が動いたんだ、狭い洞窟を走った記憶はほとんどない。気がついたらあんたを助けてた」

 ハヤブサは黙った。言葉を探しているようだった。勇者は静かに言葉を添える。

「自信がついたんだな、外に出る」

「そう、自信がついたんだ。死にかけた俺は息を吹き返したんだ。だから、このままドラゴンを追いたい。あんたについて行かせてくれ」

 ハヤブサは深く頭を下げた。

「わかった。来いよ」

 勇者はハヤブサの肩を掴み、頭を上げさせた。ハヤブサは笑うわけでもなく、真面目な顔で頷いた。

「行くぞ」

 二人は外に歩き出す。

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