空洞を抜けて

 洞窟を出ると、武器屋の子供達と数人の村人が待っていた。子供達は父を見て飛びついた。

「お父さん!」

「ごめんな。俺が馬鹿なことを考えたばっかりに……」

「なあ、ハヤブサ」

 勇者はハヤブサを見た。ずっと目を閉じていたらしく、暗雲から漏れる光を睨みつけている。

「いつまで手握ってんだ」

「悪い」

 勇者は手を離させると、手汗でびっしょりになった手をハヤブサの背中拭いた。そんなことをしていると、村長が声をかけてくる。

「旅のお方。なんとお礼を言えば良いのやら」

「こっちこそ、勇者の冒険を体感できたよ」

「是非、村でお礼をさせてください」

「お言葉に甘えるよ。今日は村でゆっくり休ませてもらう。体がバキバキだ」

 勇者は笑顔を見せる。村人たちは勇者に向かって多くの感謝の言葉を浴びせた。勇者は今すぐ倒れたい程に疲弊していたが、笑顔で応えた。悪い気はしない。

「ああ、そうだ、村長」

 勇者は思い出したように村長に近寄った。村長は不思議そうな顔をしながら、勇者に耳を預けた。

「毒消しは、必要なかった」

 勇者はそう言って村へと歩き出した。これで、あの老人も現実と向き合うことだろう。武器屋の男のように、変わりゆく世界に順応しなければならないのだ。

 村長の手から薬草が落ちる音が聞こえた。


 村では新たな勇者の活躍で大賑わいだった。そこへ多くの観光客も加わり、お祭り状態だった。

 勇者は酒場のカウンターで大人しく酒を飲んでいた。主役がカウンターの隅にいようと、村はどこでも大騒ぎである。酒を飲み始めてしまえば、目的などどこかへ行ってしまうものだ。

「そこで俺が飛び込んだわけよ! 落ちる怪物の腕! 輝く俺のダガー! ってね!」

 ハヤブサの能天気な声が聞こえる。テーブルに仲間を囲い、自らの武勇伝を語っている。聞いている限りでは嘘はついていないので、勇者は気にしなかった。

「あんた、すごいね」

 カウンターで酒を用意していた、宿屋の女が元気に声をかけてくる。

「ほんとに勇者サマなんだねぇ。ほら、これサービス」

 女は勇者に皿を出した。皿には村の特産だという豚の肉が綺麗な焼き色で湯気を放っていた。勇者は「ありがとう」を添えて食事を取った。

「この次はどこに行くんだい?」

「前の勇者の道を辿ろうと思ってる。勇者のことや、魔王のことを知らなきゃならない」

 勇者は肉を頬張りながら答えた。骸骨との戦いで、魔王城直行の希望は泡と化して消えた。再生する特殊能力にある意味助けられ、三人がかりでどうにか倒せたものの、実力だけで勝ち目はなかった。ある程度の経験値を積みながら城に向かわなければならないだろう。

「なるほどね。まあ、どのみち、ここから魔王の城には前の勇者サマと同じ道を通らなければならないだろうしね」

 女は頷き、地図を広げた。

「次はここだね、この国の城下町。ここで一度国王に会いに行くって言ってたよ」

 女は地図上のこの村に指を置き、北にまっすぐ動かした。

「五つの国じゃこの大地の国が、一番デカイからね。前の勇者サマは国王に会った後、城から少し離れた、大地の国を守る砦を奪った魔王の部下を倒しに行ったらしいよ」

 話慣れているのだろう。女は流れるように説明をした。詳しい話はわからなかったので、勇者は黙って頷いた。

「まずはこの国の国王に会いに行けば良いのか」

「じゃないかな? 今日はゆっくり休んで行きな、ここから城までは三日は歩くことになる」

 女は、勇者が平らげた皿を手に取ると奥へ消えていった。勇者は酒を飲み干すと、騒ぐ人々をかき分けて二階に上がった。

 借りた部屋に入ると、勇者は装備を外しベッドに横になった。色々と考えたかったが、疲労がそれを上回り、意識は闇に落ちていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る