はじめての戦闘
男の大振りを避け、勇者は距離をとった。空振りした男は不敵に微笑んでいる。
勇者は考えていた。
父は商人で、武器を扱っている。勇者はその手伝いをしていたので、武器の基本的な使い方はわかっていた。武器を使うということにおいては、それなりの経験値があるといえる。
しかし、実戦経験が皆無。弓の引き方を知っていても、的に当てられないようなものである。例に出した弓ならば、それなりの命中率を出せる。それは売り込む時の実演販売で、的当てをして見せるために練習したからだ。だがそれは動かない的を狙うのであって、的が動く実戦でいきなり弓を使おうとは考えなかった。
商いをする船が、強盗に襲われたこともある。しかし、勇敢な旅人たちによって撃退されるのを影から見ていただけだ。それが、商人だった。
「ただの雑魚かと思えば、動けるじゃないか」
男は挑発的に大声を上げた。勇者は剣を持つ手に力を入れる。
「誰だって死にたくない」
勇者は意を決して男に斬りかかった。男は鎌を使ってそれを捌く。武器の扱いは明らかに男が上だった。
「商品を使いこなせないと武器屋がいると思うか!」
「耳が痛い」
勇者は体勢を整えて再び距離を取った。が。
「うわ」
後ろから聞こえた足音に振り返ると、少女が鬼の形相で襲ってきた。手にはナイフ。正直、ナイフよりも顔が怖かった。
勇者は思い切り足を振り、少女のナイフを蹴り落とした。少女は腕を抑えて飛び退ける。勇者にとってはじめての有効打は剣ではなく蹴りだった。
「こっちだよ!」
御丁寧な予告とともに鎌が飛んでくる。勇者は剣で弾こうとしたが、鎌の力は強く、剣は弾かれ飛んで行ってしまう。先ほどのナイフを壁に突き刺すほどの腕力は本物だった。
勇者は手の痺れに苛立ちながら舌打ちを鳴らした。その様子を見ながら、男は新たな武器をどこからともなく取り出した。それは、両手で持たなければならないほどの斧。
「魔法陣か」
勇者が言うと、男は意外そうな顔をした。
「よく知ってるな。そう、商いをする者はどこでも商売をできるように魔法陣に商品を入れておくんだ。魔力によるからそんなに数は入れられないがな」
男は大声を上げながら斧を振り回した。丸腰の勇者は逃げることしかできなかった。逃げながら男を観察すると魔法陣の書かれた手袋をしているのがわかった。
勇者は大振りの動きに合わせ、隙をついて体当たりをする。男は体勢を崩し、斧の重さで尻餅をついた。同時に少女が走り込んでくる。勇者は少女の両手首を掴み、男に投げつけた。
「さすが同業者、いいことを聞いたよ」
勇者は懐から羊皮紙を取り出した。そこには魔法陣が書かれている。それは商売の時に使っていたものだった。
勇者は魔法陣を発動させながら、男のように瞬時に使えるように工夫が必要だと考えていた。魔法陣は赤い電撃を発するように光輝き、武器を出した。
短銃。勇者は羊皮紙を懐に戻し、武器を握りしめた。
「銃だと」
武器屋の男は明らかに動揺した。地方の村ではあまり見ることのない武器だからだろう。弓矢よりも近づかなければ当たらない上、命中率も悪い。だが、勇者にとっては好都合だった。この狭い洞窟の中、近接武器しか振り回さない武器屋の男を牽制するにはこれ以上ない武器だ。
「船を使って商売してたもんでね。珍しい武器なら持ってるんだ」
勇者は天井に向けて銃を発射した。洞窟内に大きな音が響く。少女は顔を真っ青にして男にしがみついた。
「悪かった。待ってくれ」
男は慌てて武器と手袋を投げ捨て、手を上げた。
「頼む。このままじゃ生きていけなくてこんなことを始めたんだ。だから、その、許してほしい」
男の言葉に、勇者はため息を吐いた。
「武器屋を殺してまで戦いの経験値を積みたくはないよ」
勇者は武器を魔法陣に戻し、弾かれた剣を取りに行った。
「村には自分で説明しろよ」
「わかったわかった!」
男は大声で返事をした。勇者はさらに深いため息を吐いた。
戦いと言えるものではなかったが、魔法陣の使い方を理解した。客が来て魔法陣を開いていた今までの商人流を改善しなければならない。
「あの、これよかったら」
男は洞窟の隅から宝箱を持ってきた。少し崩れた壁の下に埋もれていたという。
「勇者が取り忘れたものかもしれません」
男は言いながら宝箱を開け始める。勇者は剣を納めて宝箱に近づいた。戦闘は味気なかったが、宝箱の存在で旅に彩りが生まれた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます