もはや空洞
岩を乱暴にくり抜いたような壁や地面、外はまだ明るいというのに松明がなければ数歩先も見えない暗闇。自分の足が地面を蹴る音だけが大きく反響し、耳を叩く。まるで、静寂という怪物が渦を巻き洞窟内を駆けずり回っているかのようだった。神経を研ぎ澄ませれば研ぎ澄ませるほどに、聞こえてくるのは無、そのもの。やがて自身の心の臓が波打つ音のみが、その洞窟内に木霊した。
「何もいない」
独り言が響いた。洞窟と表現するよりも、空洞と言った方が良い。ただのトンネルの方がまだ危険に感じるだろう。勇者は暗闇によって敏感になった神経が、心臓の音をやたらと響かせることに不快感を感じていた。
モンスターがいない。洞窟なのだから、せめて形跡、骨のようなものくらいは見つかるだろうと考えていた。だが、観光地となっていたことを思い出し勇者は息を吐いた。あれだけの観光客を相手に手入れは完璧だった。
この御時世、ちょっとした「ほら穴」にだってモンスターが住む世界だ。オロチの洞窟などと大それた名前をつけているにも関わらずただの暗い道としか機能していない。
「元、オロチの洞窟、ね」
勇者はわざと声に出した。その声は虚しく反響し続ける。
勇者は悩んでいた。今回、自分はまだ移動しかしていない。ただのお使い君だ。このままただただ歩き続け、ゴーストタウンならぬ、ゴーストフィールドと化した世界を横断するだけの旅に意味はあるのか。
今回のお使いもただの少女の捜索だ。「村の娘がオロチの洞窟に行って帰ってこなくなった」と言えば冒険と危険の香りがするが、「村の娘が観光名所の、元オロチの洞窟に行って帰っこなくなった」と言われても、迷子かな? くらいにしか捉えられない。ただの家出の可能性だってあるだろう。
勇者は立ち止まった。奥から何かの気配を感じた。察知できたのは、ただの素人にもわかるほど洞窟内は静かだったからだ。
勇者は松明を持つ手を替え、剣を抜き握りしめる。ついにモンスターと遭遇する時が来たのかもしれない。経験値を積めていない自分に勝てるかはわからない。体から汗が噴き出すのがわかった。松明を持ちながらどうやって戦えば良いのだろうか。この狭い空間でいかにして相手を倒すか。思考ばかりが先行してしまい、心は焦るばかりだった。
徐々に気配が近づいてくる。勇者は立ち止まったまま、様子を見た。
しかし、現れたのは少年だった。
「君は?」
「僕は近くの村に住んでるんだ。お姉ちゃんが僕を逃がしてくれたんだ!」
子供の大きな声が洞窟内に響いた。あまりにも元気な声だったので、勇者は思わず舌打ちしてしまう。
「お姉ちゃん?」
「そう! 僕がオロチの洞窟に行くのを心配してついて来てくれたんだけど、ぼくらは怖い怪物に襲われたんだ。そうしたら、お姉ちゃんは僕を逃がしてくれたんだ」
無邪気な高い声がキンキンと洞窟内を暴れ回る。勇者は諦めて耳を塞いだ。
「怖い怪物?」
「そう、僕は見てないんだけどね! お姉ちゃんがそう言ってたの!」
「わかった。見てくるから、君はこのまま入口に向かって。洞窟の入口に何かいるから事情を説明して」
「わかった!」
少年は駆け足で入口に戻っていく。勇者は大きな舌打ちを鳴らした。ずっと静かだったはずなのに急に大きな音を聞かされた。
これがトラップか。洞窟には侵入者を攻撃する罠があると聞く。恐らくこのような類のものなのだろう。
勇者がしばらく進むと、道が二つに分かれていた。宝物庫と寝床、どちらがどちらかを忘れていたが、観光のパンフレットがあったので問題はなかった。
勇者は宝物庫に向かって歩き出す。
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