元オロチの洞窟

「旅の方、すまないが、力を貸してはくれないか」

 村長と名乗る男に、洞窟についてたずねると、違う答えが返ってきた。勇者は顔をしかめる。

「オロチの洞窟に入ったまま帰ってこない子供がいるのだ。どうか、様子を見てきてほしい」

 村長は深々と頭を下げた。

「ハヤブサとかいう男が強いと聞いた」

 勇者が言うと、村長は表情を曇らせた。

「ヤツは駄目だ。暗くて狭いところが苦手でな」

「ゴミかよ」

 勇者は鼻で笑うと、村長の願いを聞き入れた。勇者は高揚していた。ようやく、冒険が始まったような気がしたからだ。

「あそこには毒を使うモンスターが多い。毒消しの草を持って行きなさい」

「多分大丈夫、モンスターはいない」

「持って行きなさい」

 勇者が村長の手元を見ると、手に癒着しているのではないかと思うほど握り潰された薬草が見えた。

「大丈夫です。毒消しの薬を持っています」

 勇者は大人の対応を見せようと敬語で断った。しかし、村長は一歩も引かない。皺まみれの顔だったが、目は炎のように揺らいでいた。

「かの勇者も、この毒消しを持ちあの洞窟へ向かった。持って行きなさい」

「村長、毒に侵されてるのあなたじゃないですか。頭が相当に……」

「持って行きなさい。さすれば、その口から出る毒も消えるだろう」

「わかった、もう毒吐かないから涙目にならないでくれ」

 村長は目に涙を溜め、薬草をぷるぷると握りしめていた。勇者は思った。これが時代が生んだ悲しみの姿か。この男は旅人に毒消しの草を配ることに命をかけている。しかし、モンスター亡き今、そのアイデンティティは喪失。現実を受け入れられないまま、薬草を握りしめ続けているのだろう。

「毒消しはいらない。行ってきます」

 これは村長の為だ。毒消しはもう必要ないということをわからせなければならない。勇者は村長を無視して洞窟へと向かった。後ろからは村長の弱々しい「毒消し」という単語がいつまでも聞こえていた。


 洞窟に向かう村の出入口につくと、ハヤブサと名乗る男が立っていた。

「暗くて狭いところには入れないらしいな」

 勇者が言うと、ハヤブサは悔しそうに拳を握った。

「悪かったな……勇者さんよ」

「別に。迷惑をかけられたわけじゃない。悪くはないだろ」

 勇者は出入口を抜けた。すると、後ろからハヤブサがついてくる。

「何か用か?」

「洞窟まで案内させてくれ」

「えー……」

 勇者は嫌がった。ハヤブサの第一印象は最悪だったからだ。仲間のパーティのオーディションも参加できない。そんな男を連れて行く理由がなかった。

「先ほどの無礼は詫びる。俺だって村の役に立ちたいんだ。けど、この弱点のせいで何もできない」

「詫びる。じゃなくて、ちゃんと謝ってくれ」

「あ、ごめんなさい」

「わかった。案内してくれ」

 勇者の言葉にハヤブサは顔を明るくした。勇者としては連れて行きたくなかったが、ここで駄々をこねられるのも嫌だった。だがどうせ洞窟には入ってこないのだから問題はないだろう。

「オロチの洞窟は、基本的には一本道だが、途中で二つに分かれているらしい。右側はオロチの寝床。左側は宝物庫。まあ、どちらも今は何もいないけどな」

 何も出てこない草原を歩きながら、ハヤブサは説明してくれた。勇者がここに来た時に手に入れた観光案内に、今説明された全てが書かれていたが、初めて聞くような顔をして歩いた。

「あれだ」

 ハヤブサが指で示した先には岩山があり、人の倍ほどの大きさの穴が見えた。あの穴が洞窟だという。観光案内の絵と一緒だったので間違いはない。

「俺はここまでだ……」

 ハヤブサは悔しそうな顔で入口に座り込んだ。もしもの時のために待機していてくれるらしい。勇者は礼を言ったが内心は、もしもの時は洞窟の中で起きるわけなのだから今のコイツほど無意味な存在はない。と考えていた。

「健闘を祈る。ああ、そうだ、村長が……」

 勇者は、ハヤブサが懐から何か出そうとしたので急いで洞窟に入った。毒消しはもう見たくなかった。

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