ハヤブサと呼ばれる男

「おい、あんた、その格好、旅人か」

 カウンターに腰掛けた勇者に、隣の男が声をかけてきた。

「そんな感じだよ」

 勇者は適当に返事をした。男は会話を続けようとする。

「旅をするのにもう、剣はいらないんだぜ」

「モンスターがいないから?」

「そうだ。もう、戦いは必要ない。あんたはそんな重たいものをぶら下げて歩く必要はないんだ」

「魔王を倒しに行く。装備は必要だ」

 勇者の言葉に男は声を出して笑った。

「魔王を倒す? あんた正気かよ? あの勇者だってまだ倒せてないんだぞ」

「そちらさんは、二代目勇者サマなんだってさ」

 女が口を挟む。勇者は黙ることにした。勇者は、こうやっていきなり話しかけてくる者や、関係ないのに話に混ざろうとする者は苦手だった。

「へぇ。二代目か。じゃあ、俺も付いて行こうかな。ドラゴンのように」

 勇者には聞き覚えがあった。ドラゴンとは龍ではなく、人の名前だった。前勇者の右腕と呼ばれる魔法使いで、この村で仲間になったらしい。ドラゴンと呼ばれているが、性別は女。龍の一族と呼ばれる魔力の高い民族の生き残りらしい。その魔力を狙われ洞窟のオロチにさらわれたところを前勇者に助けられ仲間になったと聞いている。

「やめておきなよ、あんたじゃ足手まといだ」

 女の言葉に、勇者は静かに頷いた。お前みたいなうるさい奴は、オーディションに来ても叩き落としてやる。

「何言ってんだ、俺はハヤブサって呼ばれてるんだぜ」

「ハヤブサ?」

 勇者が繰り返すと、隣の男が嬉しそうに顔を近づけた。勇者は顔をしかめた。受付で追い返す。お前はオーディションすら受けさせない。

「ドラゴンがまだ小さい頃、俺はあいつを守っていたんだ。だから、腕には覚えがあるぜ」

「見ず知らずの男を旅に誘うと思うか?」

 勇者が吐き捨てると、男は笑う。

「まあ、そうだよな。俺だって嫌だわ」

「ドラゴンとハヤブサじゃ、話にならないしな」

「おい、それどういう意味だ!」

 男は勇者の胸倉を掴み立ち上がらせた。酒の入っていない宿泊客たちは皆、こちらを見た。女はやめなよ、と言うだけで助けてはくれなかった。

「俺はあいつを守ってたんだ。あいつより強いに決まってんだろ」

「魔法で一撃で殺されそうだけどな」

「こいつ!」

 男は勇者に殴り掛かろうとした。ようやく旅らしくなってきたと勇者が思った瞬間、女がコップの水を男にかけた。

「店で暴れんじゃないよ」

 男は大きな舌打ちをして勇者を突き放し、店を出て行った。

「悪いね。あいつ、ドラゴンのことが心配で仕方ないのよ」

「構わない。誰だって何か抱えてる」

 勇者は出された水を飲み干すと、店を出た。

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