白羽の矢
「そこのお前」
隊長が青年を指差した。青年が顔をしかめると同時に、隊長はニンマリと笑った。
こいつ、さっきあしらわれたのをまだ根に持っていたのか。青年はげんなりした。
「お前が次の勇者だ」
隊長の言葉を聞いて青年は理解する。こいつらには世界を救うなどという気持ちはない。勇者などは形式上のもので、国王に報告さえすれば誰でも良いのだ。
「待ってください、うちは商いで生きている家系です。勇者だなんて……」
青年の父が狼狽えていた。青年は息を吐く。よかった、ここで父が喜びでもしたら未来はない。
「彼は我々を前にして、臆することなく対応をした。ここにいる誰よりも勇気があるということだろう」
隊長はさもそれらしいことを言っていたが、青年は舌打ちしか出なかった。「お前を舐めていただけだよ」なんて言おうものなら、後ろの機械のような兵隊に串刺しにされてしまう。
「では、彼以外に立候補するものはいるかな?」
村人たちは黙った。
「なら、私が行きます」
青年の父が手を挙げたが、隊長は聞き入れなかった。
「兵士様、彼には無理です!」
少女が声を上げた。青年は思わず見つめる。
「彼は勇者にはなれません! 下手をすれば、死んでしまいます」
青年を思っての言葉だったが、青年の神経を逆撫でしていた。突然の侮辱である。
「なれないってなんだよ」
青年の口から出た言葉は小さく、少女には届かなかった。少女は続ける。
「彼はどこにでもいる村人です。そんな彼が魔王を倒せるはずがありません。ですから、どうか見逃してください」
少女は青年を見ると、「大丈夫」と目で訴えたが、青年の精神的損傷は大丈夫ではなかった。好意を寄せる相手に無能だと大声で村人全員に聞かされるのは社会的死だった。
「他にいないのだから、見逃すわけにはいかない。明日の朝、盛大に見送ろうではないか」
兵士たちは宿屋に向かって歩いていく。話は終わったのだと理解した村人たちは、青年を避けて帰っていった。
そこには青年と父と母、そして、少女だけが残った。
「こんなの生贄じゃないか……」
父は悔しそうに言った。母は涙し、父にもたれかかっている。少女は青年に駆け寄った。
「逃げましょう! 一緒に!」
「一緒に?」
青年は思わず繰り返した。無能な村人と罵っておきながら一緒に逃げると言うのか。意味がわからない。
「大切な人だもの。ねえ、おじさん、おばさん。良いでしょう?」
少女の提案に両親は首を振った。
「嬉しいけど。君を巻き込むわけにはいかない。船を出して家族で遠くに逃げよう」
父と母は青年を力強く抱いた。青年はずっと悩んでいたが、口を開いた。
「いいよ、行ってくるよ」
「おい! 勇者は遊びじゃないんだぞ!」
父は怒鳴るように言った。
「誰かが行かなきゃいけないなら、いいよ、別に。それに、俺が逃げたら誰かしらが迷惑するだろ。あいつら、誰かを殺しかねないし」
青年は複雑な心境だった。正直に言えば、行きたくはない。しかし、あそこまでプライドを傷つけられて引き下がれるほど弱くはない。
「大丈夫、モンスターもいないんだから」
青年は無理に笑顔を作ると宿屋に向かって歩き出した。
「おお、お前か。どうした?」
宿屋の一階にある酒場で、兵士たちは呑んだくれていた。良い身分だな。というの言葉を青年は飲み込んだ。
「どんなに嫌がっても、お前は勇者として村を出てもらう」
「行くよ」
青年の言葉に、兵士たちは静かになった。
「ほう。なかなか勇気があるな。勇者の素質があるんじゃないか?」
「その代わり、親に金をやってくれ。若い働き手が消えるんだ、それくらいいいだろ?」
「もちろんだよ。城に帰ったら王に報告し、暮らすのに不自由しない金額を渡そう。もちろん、お前にもある程度の資金は渡す」
「わかった」
青年はそれだけ聞くと、宿屋を後にした。
「よし、これで安心して国に帰れるぞ!」
隊長の元気な声で、酒場には賑わう声が蘇った。
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