第24話 亀裂

 絶壁の縁、ホークは再び隠れていく太陽の柱の中に、確かに射抜いた女将軍の横たわる姿が浮かんでいることを瞬きも惜しんで確かめていた。

 黒豹を従えていた戦士がふらふらと近づいていく。何かを拾った。何かをつぶやいた。膝が崩れ落ちた……。

 間違いない。あの将軍は絶命したのだ。この一矢で即死したのだ。ダナス関最終防衛線の指揮官を、この手で殺ったのだ!

「……ふ……ふはは……ははははは……!」

 スコープから目を離し、ホークは口角を大きく吊り上げるとぶるぶると肩を震わせる。

「見たかお前ら? 見たよな? やったぞ……遂にダナスの将軍を俺の手で仕留めたぞ!」


 満面に喜悦を広げるホークに、側近の二人は賛辞を返すことも出来ずに眼下を凝視している。

「……ホーク様……なにか……様子がおかしくありませんか……?」

「俺も、思います……。将軍とはいえただ一人失っただけなのに……なぜあいつらは動かなくなってしまったのでしょう……?」


「んん?」

 二人の言葉に彼は片眉を吊り上げ、改めて戦場を見下ろした。

 言われてみれば確かに異様な静寂が生まれている。いや、それどころかまるで洪水に沈められる世界を見るかのように、ダナトリア渓谷の中へとその沈黙が広がっていく。何処までも。金獅子隊も、銀鳳隊も、その相手をしている鉄槍部隊や紫竜鉄鎖騎士団までが敵を見失ったかのように動きを止めていく。本来なら人の暮らしや営みからは異常でしかないはずの剣戟や阿鼻叫喚が、こうして掻き消えると此の場では余りにも異様な光景に見えた。

 ぞくり、とホークの肌が粟立つ。

「こりゃあ……もしかすると俺は……想像以上に巨大な手柄を立てたんじゃないか……?」

 うなじをチリチリと痺れさせながら、彼は瞳の狂喜を爛々と燃え上がらせていく。

「言ったよな……? 戦況を左右する敵将……それを討った者こそが……」

 くっくく……と喉の奥から悦びを漏らした。

「あの女は俺が思っていた以上にダナス軍にとって重要な指揮官だったのだ。見ろよ、まるで烏合の衆と化しちまった奴らをよ! 勝ったぞ……これでレストリアの勝利は決まった。バレッドなんかじゃない、俺の働きだ! この“ホーク・ルイ・オブ・ハインド”こそが―――」

 鷹の翼のごとく両腕を豪壮に広げ、灰色の天に向かって声高に叫んだ。

「―――“最強の将”だぁッ!!」



 副指揮官のような安全な高みではなく地上で命を懸けていたレストリアの兵士達。

 死の気配に対してまさに最大限まで感覚が開いている状態の彼ら。

 その全員がある瞬間、全く同時に、氷水の中へ叩きこまれたかのように全身を粟立たせた。




「…………。」 

 最初の一石は、白馬隊の誰かの唇から小さく零れた、ほんの一言。

 しかしそれは雨打つ静謐の中で、水鏡に起こした波紋のようにあっさりと拡散する。

 

 そして、そこに澱んでいた闘気の残滓が……へと変わった。

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