第5話 消し去る者
紫竜鉄鎖騎士団の猛者と金獅子隊の精鋭達が一進一退の乱戦を繰り広げている。
ダナトリア渓谷の中央部はいまや壮絶な修羅場と化していた。そして、その中心で二つの嵐が吹き荒れている。
ケイオス・オブ・スタンフォードがつくる死体の轍。彼の進撃は止まることなく、背後に描かれる血の道はその距離を伸ばしていた。
そしてもう一方、金獅子隊の斬り込みが到達した敵の指揮官、ゾイ・バレッド将軍の大剣が生み出す光景は目を覆うものだった。
「うおおおおおッ!」
騎士がまた一人、勇猛果敢に斬りかかっていく。剣を右手に構え、左手の盾で防御に備え、騎馬に全力疾走させる。
ゾイ・バレッドの右腕が蠅をはらうように内に薙ぐ。その手の延長に一般の剣の五割は大きい大剣が風を巻いて追従した。
騎士は他の犠牲者の惨状を見て自分なりの戦術を以て挑んでいた。素早く身体を沈めるようにし、盾を空へ斜めに向けて大剣に接触させる。
ガァンッッと壮絶な音を立てながら大剣は騎士の狙い通り盾に弾かれて上を吹き抜けた。だが、その衝撃の重さは想像以上だった。受け流したらすぐに右手の剣で斬りつけるつもりだったのが、馬上で崩れたバランスを持ち直すのに手間取る。
ようやく身を起こし、ゾイ・バレッドの首に一突きを見舞おうと右手に力を込めた、その時……すでに返す刀が自分の右肩に迫っていることに気付いた。巨大な鉄の塊が、まるで小枝を振るかのように操られ―――
驚愕の表情を最後に、騎士の頭部は吹き飛んだ。
躰はそのまま馬ごと数歩進んで、将軍の背後でドシャッと音を立てて地面に落ちる。右の肩口から左の首筋まで斜めに走る切り口は粗く潰れていた。
「く……化物……これが“
金獅子隊の精鋭達も、今の闘いぶりですら通用しないことに戦慄を禁じ得なかった。
敵対した者の首級がすべからく消滅する。ゆえに付いたその恐ろしい異名はいつからか国境を越えて鳴り響いていた。
「―――下がれ! お前達はこのまま敵兵の殲滅に臨め!」
背後から低く力強い声が響いた。騎士達は安堵を浮かべて振り返る。
「この男を倒すのは俺の役目だ。……ウィーゴ、予定通り指揮を託す」
そう言った男の隣に一騎の戦士が踏み出してくる。ウィーゴ・ランバル……金獅子隊副官であり、美しい長剣と立派な盾を携える三十前後の精悍な騎士。ダナスの民からは“騎士の中の騎士”と呼び慕われているほどの戦士だ。
「承りました」
短くも力強く答え、ウィーゴは周囲の騎士達に叫ぶ。
「将と将の一騎討ちだ! その妨げにならぬよう距離を空けよ!」
指示に従ってそれぞれが馬を操り、じわりと囲いを広げた。そして己の前方に立ち塞がる騎兵へと馬首を向けていく。
舞台が整うのを認め、金の獅子を模った兜と鎧に敵の返り血を浴びた勇壮な戦士は、大きな黒馬と共にゆっくりと踏み出していく。握りしめた紅染めの双剣は翼を閉じるように下ろされたままだ。そして眼前の豪壮な騎士に鋭い眼光を注ぐ。
「“バニッシャー”……バレッド将軍とお見受けする」
「“ラット”……スタンフォード将軍だな?」
名乗り合うではなく、互いの名を読み合い、そしてそれ以上の言葉は継がない。この対峙の意味、互いが為すべきことは分かりきっている。
両軍、周囲の騎士達は二人の闘気に圧されるように更に環を広げ、それぞれもまた眼前の敵兵へと殺気を練り上げていった。
数秒後、両将軍が馬を踏み込ませた。
同時に、彼らの周りに無数の剣戟が爆発した。
「……今のところは拮抗していますね。相手の数がどれほど多かろうとこの渓谷では囲まれることはない。それに、さすがはスピナー将軍とケイオス将軍の指揮……」
携帯望遠鏡を下ろすと、トッド・ゾブリ副官は髭に包まれた口角をくっと吊り上げた。
「このままケイオス将軍がゾイ・バレッドを討ってくれるといいのですが……。見ますか? もうすぐ二人が接触しそうです」
トッドは左隣のリリーに望遠鏡を差し出す。だが、彼女の白いグローブは手綱を握り締めたまま動かない。そしてその視線は眼前の戦場を凝視して瞬きすら惜しんでいる。
「……そんなに強く握ってはいざ指揮する時に指が開きませんぞ」
リリーはハッと我に返り、手綱を解放するとトッドに顔を向けた。
「す、すみません、トッドさん……。あの、いま何か大事なことを仰っていました……?」
彼女のその様子に副官の表情が苦笑で染まる。
「いえ、大したことは言っていませんよ。それにしても……そんなに辛いですか?」
リリーの顔には胸中の痛みがありありと張り付いていた。苦しくて堪らない……それが一目で判ってしまう。
彼の言葉に彼女は思わずうつむいた。そして、ぐっと細顎に力をこめ眼差しを上げる。
「大丈夫……です。これが最後の戦いだと……信じていますから」
凛然としたその佇まいが美しかった。
全身を包む白のローブ。胸当ても肩当てもまた白に統一され、そして髪留めから静かに広がり背中を流れ落ちる雪のような長髪。白馬も相まってその姿はここを戦場ではなく一枚の絵画の中であるかのようにすら錯覚させる。
――リリー様……俺は貴女を必ず護ります
彼女の左隣で、騎馬に跨った一人の青年は胸に何度目かの誓いを立てる。
――たとえ、貴女に許されなくても……
「―――ホーク様、紫竜鉄鎖騎士団は渓谷の中央部から先へ進めません! どうやら銀鳳隊と金獅子隊の猛攻撃に苦戦している模様です」
レストリア関の外、待機中の赤鷹翼騎兵団将軍ホーク・ルイ・オブ・ハインドの元に最新の一報が届く。
「バレッドと将達はどうしている?」
派手な赤いマントを纏ったホークは声を低めて問い返した。
「はっ、バレッド将軍は“ラット”と、クーデリオ副将は“クレセント”と交戦中のようです。さらに千人隊長が銀鳳隊の一翼の指揮官と同じく交戦中とのことです。」
「ルクス・シルバか。あの怪物まで止められているってのは予想外だが……しかしバレッドの野郎も口ほどにもないぜ。そもそも銀鳳隊と金獅子隊が揃ってりゃどれだけ手強いかは俺の方が知ってるんだ」
「如何なさいますか? まだ援軍要請の合図は来ておりませんが……」
ホークは顎をさすりながら空を仰ぐ。
「ダナスの方……雨雲が育ってきたな。これは例の別働隊、ちと早いが作戦を発動させた方が良さそうだな。もし大雨でも降りだしたら支障が出るぞ」
「では、そちらは伝令を送ります」
「ああ……ってことでこっちも動かすことになるな。ダナスの野郎ども、今日で終わりだ」
ホークの右手が高々と揚げられる。
「鉄槍部隊二曲! 突貫ッ―――!」
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