第92話「麦茶」

台所のシンクで、桶に入り、蛇口から水で冷やされるヤカン。ヤカンの中には、沸かした麦茶。台所には、麦茶の匂いが、ただよっていた。今は大好きな飲み物だけど、僕は麦茶が、低学年の頃は苦手だった。

僕の小学時代の話だ。


◇◇◇


「ミズキ~!麦茶作ったよ」


と、婆ちゃんが冷やした麦茶を冷蔵庫から出し、コップについてくれた。『なんだって、こんな苦いものを!!』と、当時は思って飲んでいた。

ある日、友達のイケの家に行った時、麦茶が出た!


「僕は苦手なんだよなあ~」


と、イケに言うと……


「ちょっと飲んでみなよ、うちのは、うまいよ!」


と、イケは言った。

イケに促され、恐る恐る口をつけると……


「……うっ、うまい!」


と、僕はびっくりした。あの苦かった麦茶が、ほんのり甘くて飲みやすかったから。

僕の驚いた姿を見てイケは言った。


「うちのには、角砂糖を入れてあるんだよ。だから苦くないんだ!」


なるほど~!と思った。

早速、家に帰ると麦茶の入ったビンに、角砂糖を入れて、さいばしでかき回した。


ゴクッゴクッゴクッ!


「ん~、うまい!!」


あっと言う間に、ひとビン飲み干してしまった。婆ちゃんが、また作ってくれたので、角砂糖を入れたら…


「うわ~、婆ちゃんは甘い麦茶は嫌だよ!」


と、言われてしまった。

だから、その年の冷蔵庫には、僕用のビンと、家族用のビンが並んでいたのだった。

いつの間にか、砂糖なしで飲めるようになった麦茶。あの苦味が、とても美味しく懐かしくもある、夏の飲み物なのだった。


おしまい


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