旅日誌~1~「歌姫の心」part2

 岩壁の上での休憩&迷子からの脱出会議から、2つの選択肢が確認されていた。

 このまま方角と勘だけを信じて道なき道を進むのが1つ。

 人生経験上、大抵が、これでなんとかなった。

 が、今回は、すでにそれで大分うまくいっていない。

 しかも、理由もわからず。

 ということで、もう一つの道。

 来た道を、遠回りを覚悟で戻る。

 しかしこれも考えものだ。

 理由はやはり時間のロスだ。

 かといって・・・


「ふ~ふん、ん~…」


 意味もなく鼻歌でも歌ってみる。


「ちょっと」

「~ん~?」

「その嘘臭い現実逃避、メンドイ」

「ひどっ」


 相変わらずアルトの一言は突き刺さる。

 ・・とまぁ、それはさておいて現実的な話。

 『普通ならうまくいくはずのものがなぜだかうまくいかなさそう。』という感覚をどこまで信用するか。

 ・・・ないがしろにはできないな。

 これが信じられるかどうかは、旅人の生命線だ。

 (あぁ、結局、道まで戻るしかないのかなぁ)

 とそのときだ。


「今何か聞こえた?」


 耳に届いたものに驚き、反射的にガバッと起き上がった。

 目を広がる森へと向ける。


「…今度は何逃避?」

「逃避じゃない!マジの話。…人の声、聞こえなかった?」

「・・・別に」

「・・・」

「・・・気のせいかもは?」

「…多分、ない(一瞬だったけど、あれはきっと・・・歌だ)」

「そっ」


 アルトは、そう言うとすっと立ち上がって大きなリュックサックを持ち上げた。

 行ってみるかどうかの確認は直接とってはこない。

 

「森の中?」

「ああ」

「…場所、ある程度は分かるんだよね」

「一応な、・・・聞こえた後の風向き見たから」

「はぁ」


 アルトがヤレヤレといったため息をついた。

 というのも、俺は、特技といえるレベルで、それこそそこらの船乗り以上に風の向きを感じられるが、これから吹く風を読むのではなく、”さっき吹いていた風がどこから来たのかを辿る”なんてのは、もう、ある程度の方角が分かるだけの、勘に近いことを知っているからだ。

 そしてそうなると、迂回をしていては、肝心の森に入った途端に方角が分からなくなってしまうわけで


「じゃ、行くか。

 傘の用意よろしく」


 一番いい方法は、ここから見える場所に向かって飛び降りる方法だ。

 となれば、アルトの発明品である折りたたみ傘が使用されることになるのはいつもの流れである。

 名付けて<折りたたみ傘式落下速度軽減装置>。

 このけったいな傘という名の装置は、言ってみればパラシュートを極限的に小型化したものだ。

 普通じゃあ開いてもひっくり返ってしまう傘を、何段階にも分けて開き、落下速度を軽減するという玩具みたいなパラシュート。

 実はいろんな技術が盛り込まれているらしいが、端から見ていて分かるのはそれくらいだからそれでいい。

 着地する場所は選べないし、高さにも限度はあるが、ただ飛び降りて着地するならこれほどお手軽な物はない。

 なにせ、その傘は、ボタン1つでアルトが背負っている大きめのリュックから飛び出てくるのだ。

 そして、何より、俺はそれをやるのが好きだった。

 ・・・・・という一連の思惑を感じ取ってのため息だ。 

 着地後の片付けがそこそこ面倒なことも含めて、少しは申し訳ないなぁと思いつつも


「よろしく」


 と隠しきれない好奇心と笑みでお願いする。

 アルトは、もう諦めたのか、手をこちらに差し出した。

 確かに、この高さなら、手をつなぐくらいの方が安全だ。

 手を握り返すと、断崖絶壁をヒョイっと飛び降りた。


 

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