02-狭間の荒野 II

「ごめんなさいっ!」


 だだっ広い荒野の真ん中で、エクスは頭を下げていた。



 辺りはもう暗く、今は夜だ。

 は、鍛えられたエクス達でも苦戦するほどだったが、それでも全てを倒し尽くした。そしてそれから間をおかず、彼らは町を出た。そうして荒野を走っている内に夜を迎え、今は夜営の準備である。

 そして、エクスのその言葉が放たれたのは、エクス達四人と、この想区で一人暮らしていた少女──ソリアの情報交換がひと段落した頃だった。この時、エクス達が空白の書を持っているという事や、カオステラーを倒す旅をしている事など、多くの事を打ち明けている。


「ど、どうしたの……?」


 そう返したのは、ソリアだ。

 それに続いて、タオも口を開く。レイナとシェインは、キョトンと頭を下げたエクスを見ている。


「お、おいおい、一体どうしたよ、坊主」

「……今日の昼ごろ、ヴィランが、ソリアさんの住まいに来たでしょ……? 僕は、多分、そうなった原因を作ってしまったんだ……」


 誰も、何も話さなかった。エクスが顔を上げると、タオが表情で、「続きを話せ」と促す。エクスはそれを即座に読み取り、話す。


「……ソリアさんが、僕をあの地下の住まいの入り口に紹介した時、僕はソリアの後に入り、あの入り口を閉めた。そうだよね、ソリアさん」

「えぇ、確かにそうだわ……」

「多分その時、完全に閉めきれなかったんだと思うんだ……。その所為で、ヴィランが地面に異変を見つけて……その……」

「……それで、俺たちの居場所がばれた、と」

「……うん」


 タオは腕を組み、考える仕草をする。


「だから、その、ソリアさん。その償いをしたいんだ。何か僕に出来ることがあれば、従うから。許してとは、言わないから、その……」


 徐々に小さくなっていく言葉は、遂に最後まで語られなかった。エクスは何を話せばいいのか、と思考し、黙り込んでしまった。

 タオは未だに考える仕草をしており、レイナとシェインも、何かを考えているようだ。レイナは、恐らく何か励まそうとしているように見えるのだが、その言葉がみつからないようだ。実際、襲われたのが自分達だけでなく、ソリアも含まれており、更にはソリアから住まいまで奪ってしまった。それが原因だろう。──つまり、エクスを励ます言葉が、同時にソリアも励ます言葉とはなり得ない為だろう。


 だが、そんな中でソリアは、はっきりと告げた。


「気にしなくていいよ。エクスくん」

「……え?」


 四人の視線が、ソリアに集まる。


「この世界にいるのは、私一人だから。こういう事も、一度じゃないの。だからさ、もう慣れてるし。あの住まいがばれるのも、時間の問題かなって思ってたし。

 ……ただ、あの住まいから離れるのが少し早まったってだけで、その離れ際にひと騒ぎあった、それだけのことよ?」

「でも……!」


 話そうとしたエクスの口を、ソリアが両手で無理矢理閉じる。そして、少し困り顔の笑顔を作る。

 ……その笑顔は、決してエクスを責めるものなどではなく、同時に、自身の苦しみを隠す笑顔でもなかった。

 そう、その笑顔は、エクスを安心させる為の笑顔だった。

 自分の住まいが奪われた、そんな事は二の次だとでも言わんばかりの笑顔だった。


 だが、それで止まるエクスではなかった。エクスの中にわだかまる罪悪感は、そう簡単に消えてくれそうにないのだ。

 エクスは、少しばかり乱暴にソリアの手を退け、ソリアに一つの要求をする。


「むぐっ……ぷはっ……じゃあせめて、何か一つ、償わせてくれないかな……? なんでも従うから……」


 そんなエクスの考えに、タオは賛成だった。ずっと考える仕草ばかりしていたタオが、漸く口を開く。


「……ソリア。なんか一つ、エクスに命令してやりな。そしてそれをエクスが叶えたら、この件はチャラ……ってのは、どうだ?」

「……シェインも、その考えに賛成です。蟠りは無くした方がいいですし」

「……タオさん、シェインさん……でも、やっぱり……」


 だが、直ぐにソリアは頭を振って、考えをまとめたようだ。


「分かり、ました。何か一つ、お願いをすればいいんですね……?」

「うん」


 エクスは即座に頷いた。

 それと同時に、レイナが口を開く。


「でも、エクスがずっとここにいるように、なんて命令は聞けないけどね」

「……えぇ、分かってます。レイナさん」


 そしてソリアは胸に手を当て、大きく深呼吸した。そして、ソリアの瞳はしっかりとエクスを捉える。少しばかり、頰が赤いように見える……。

 誰かが、或いは全員が、我知らず唾をゴクリと飲み込んでいた。

 そしてソリアは、息を少し吸い、声を出す。


「エクスさん……私と、一緒に寝ませんか!?」



「「「「…………えっ」」」」



 瞬間、空気が凍りついた。ソリアを除く全員が、微動だにしなくなる。

 ソリアがその異変に気付いた頃には、レイナとシェインも頰をほのかに赤く染めており、タオは笑いを噛み殺していた。

 そして当のエクスは、顔全体を真っ赤にして、しまいには頭から湯気すら出してソリアを見つめていた。


「ちょ、ちょちょちょちょ……そっ、そそ、ソリアさん? それは流石に……いや、でも……?」と、レイナは目を半分ほど回しながら混乱し。

「……あー、遂に新入りさんに……」と、シェインはエクスを見つめ。

「いやっはっはっはっ! やっぱし春が来てるじゃねぇか! 坊主!」と、タオは豪胆に笑った。

 エクスは無言で俯いた。


 そのそれぞれの言葉を、或いは仕草を見つめ、ソリアは自分がとんでもないことを口走っていたのだと理解し、即座に誤解を解く。

 だが、どれ程に『とんでもない』事なのかは、実は理解していない。

 全員の言動が、あまりにも異常だった為に、それ程に『とんでもない』のかと思ったのだ。


「あっ、ああああああの、ちが、違うんです! ……多分。そういう意味じゃないんです! よく、分からないんですけど……。

 ただ、その、私、ずっとここで一人で暮らしているから、その、誰かと話すのも、実はこれが初めてなんです……。

 それで、ですね……その、私は前々から、誰かと一緒に、せめて一日でも暮らせたらなって、思ってたんです……。そんな時、あなた方が来て、凄く、楽しかったんです。そして、あの……エクスくんは、実は前に、どこかで会ったような気がして……それで……なんだか、二人の思い出が作りたくて……」


 ……最後の言葉が不穏なものを想像させるが、ソリアの話し方から、それが決して『とんでもない』事をしようとしている訳ではないというのは理解できた。実際、この何もない想区で、たった一人暮らしていたと考えれば、人肌が恋しくなるのも当然だろう。

 その場に居合わせた全員──といっても、一人は除いて──が、「もし自分がこの想区に一人で住む事となったら」と思考し、全員が「きっとソリアと同じ想いとなる」と結論を出す。


「あの、その」

「あー、分かった分かった。つまり、夢で見た事ある“王子様”と、せめてこの夜だけでも、一緒にいたい。……って事だよな?」

「え、えぇっと、は、は……い? 王子様? えと、まぁ、そうなの、かな?」


 うんうん、とタオとシェインは頷き、「なら、オーケー!」とサムズアップした。エクスは、額から汗を一粒流しながら、「わ、分かった……よ……」と了承した。


 その後、四人でせっせっと火を消し、寝床を即興で作った。と言っても、外で寝るのとさほど変わらない。言うなれば、地面の上に布団を敷いた。これと殆ど変わらない寝床だ。ただ、適当さ極まる屋根が上についている、というのが唯一の違いかもしれない。

 寝床は二つ作り、片方はエクスとソリア専用。もう片方はタオ、レイナ、シェインの寝床だ。ただ、タオは高確率で弾き出される為、実質タオは外で寝る事となる。

 不寝番はタオとシェインがやるという事で、エクスとソリアは朝までゆっくりできるぞ、とタオはニヤニヤとした顔で言っていた。エクスはただ赤面する事しか出来なかった。



 そしてその間。

 レイナは、ずっと一人でぶつぶつと何かを言っていた。きっと、エクスとソリアが一緒に寝るという事に対しての、言い訳か、或いは理由付けか──きっとそんなものだろう。

 そしてレイナが、辺りが静かになっているのに気付いた時には、既に寝床を作り終え、エクスとソリアが眠りにつく少し前だった。


「えっ、あれ? タオ? シェイン? これどういう状況?」

「ああ、姉御。やっと気がつきましたか。今は、全部の話が終わって、もう二人は布団に入っているという状況ですよ」

「……へ、へぇ……皆、私をほったらかしにしていたのね……」

「あ、そっちですか? それにしても、寒くないですかね。ずっとそんな格好でいたら、風邪引きますよ? 姉御」

「……あぁ、確かに、結構、冷える……わ…………ふぇっ、へ、へ……ヘルタァスケルタァッ!」

「相変わらず凄いくしゃみですね」


 その直後、少し離れたところに独立している寝床から出てきたソリアから、「そのくしゃみ、ツッコミどころ多くないですかね!?」と渾身のツッコミを受けるのだった。


 それから一時間も過ぎれば、独立した寝床からは小さな寝息が聞こえていた。


 ◇


 ぎゅぅぅ。そう音が鳴りそうなぐらいには、抱き締められていた。


 エクスは少し、困っていた。この寝床に入ってから、どれほどの時が過ぎただろうか。きっと一時間は過ぎただろう。

 その間、エクスは幾度となく眠ろうとした。

 だが結論から言えば、エクスはこの寝床に入ってから、まだ眠ることが出来ていない。


 ソリアは、布団に入るとまず、エクスに色々な話をせがんだ。シンデレラの想区、赤ずきんの想区、それぞれの想区の出来事を話した。

 それが終わると、次はソリアが話し始める番だった。この何もない荒野であった出来事を、笑顔で、時には少し曇らせながらも話した。

 そしてそれが終わるとほぼ同時に──といっても、本当に終わっていたかは定かではない──、ソリアはゆっくりと寝息を立て始めたのだった。ソリアの両手両足がエクスを捕らえられたのも、この時だった。


「苦しいなぁ……」


 そう呟いたエクスの表情は、然程苦しそうには見えない。

 知ってしまったからだ。この想区を。ソリアを。彼女の、辛い一人暮らしを。


 苦悩を、絶望を、闇を知った。

 だが同時に、

 夢を、希望を、光を知った。


「苦しいよ……」


 もう一度、エクスはその言葉を繰り返し、静かに目を閉じる。


 ゆっくりと、意識を落としていく──────







 ──気付けば、日が昇っていた。


 寝床に入り込んできた一筋の光が、エクスを微睡みから引き上げていく。

 朝だ。エクスは上半身を上げ、両手を伸ばす。体を動かすことで、漸く意識が完全に覚醒する。だが、睡眠欲は強い。そんな状態でもまだ睡眠欲は眠気を促そうとしている。

 嚙み殺し切れなかった欠伸(あくび)をする。

 目元に少しばかり溜まった涙を拭い、目を開け


『クルッ!』


 ──ると、ブギーヴィランがいた。


「……う、うううううわぁぁぁぁぁぁあああッ!?」

『クルルルルッ! クルルゥゥ──ッ!』


 うひゃあ、と悲鳴のような声と共にソリアが飛び起きた。それを横目に、エクスは目の前のブギーヴィランを見つめる睨む

 笑っている。目の前のブギーヴィランは、確かに驚くエクスを見て笑っている。それがエクスにもよく分かった。ブギーヴィランはエクスの悲鳴を聞いて、表情は変えなかったが、その代わりに頭上で手を叩いて踊っていた。

 こんなヴィランがいるなんて、そう考えながら硬直していると、そのヴィランを見つけたソリアが、半ば悲鳴のような声で言った。


「──“悪戯好きの化け物”!?」


 こいつがそうなのかと、理解するのに時間はかからなかった。そしてそれと同時に、エクスは瞬間的に意識を戦闘用に切り替える。

 数々の英雄と共闘し、時にはぶつかり合ったことで、既に意識を切り替えるすべを身につけている。そしてエクスにとってそれは、目の前の敵を、『敵だと認識する』事と『武器を手に取る』という二つだった。

 そして目の前のブギーヴィランを“悪戯好きの化け物”だと認識することで、同時に『不思議なヴィラン』と認識していたそれを『敵』だと認識する。


 剣の鞘を手に取った瞬間から、エクスは目の前の敵を倒す事に集中する。が、その直後、剣を引き抜くことができないことに気付く。見れば、鞘と柄が紐のようなもので繋がれている。これも悪戯だろう。だが敵は一匹だ。焦ることはない。即座に剣を引き抜くことを止め、鞘が付いたままの状態で剣を振るう。


 ソリアに直撃しない為に刺突の構えを取り、その構えを取りながら布団を退け、立ち上がる。

 布団から立ち上がり、刺突を放つまで、一秒も必要としなかった。


 そしてそれは、この狭い寝床という場所では、この上なく鋭い刃だ。狭いことはつまり、逃げ場がない。エクスは勝利を夢想する──

 ──否。

 この狭い空間をより有効に活用出来るのはエクスではない。エクスよりも体の小さい、ブギーヴィランだ。

 そして、相手は“悪戯好きの化け物”と呼ばれる、普通とは違うヴィランだ。その身のこなしは、エクスの想像を遥かに超えていた。


 ブギーヴィランは高速の突きを軽く飛び上がることで回避し、更には鞘の上に飛び乗る。


「なっ!?」


 そして鞘の上を駆け、驚くエクスの顔面に砂の入った小袋を投げつける。当たった瞬間から、粉塵のように砂が舞った。

 その攻撃には、力も、勢いにも欠けている。だが──内面的な意味では、相当に重い攻撃だった。“予想外”の一撃は、エクスを硬直させる。



 蚊に刺されたようだと、形容することがある。それは、あまりに弱い一撃だと罵る言葉だ。だが、それだけではない。

 蚊は、必ずしも負ける存在ではない。

 例え蚊であっても、戦い方次第では、強者も捩伏せる。



 ブギーヴィランの猛攻はそれからだった。硬直するエクスの足を蹴り、体勢を崩す。反射的にエクスは倒れる方とは逆方向に体を動かすことで、体勢を立て直そうとする。

 それを見越したブギーヴィランは、エクスを倒そうとした方向と逆向きにエクスを押す。虚をつかれたエクスは、予想していた方向と全くの逆向きに倒れる。


「……坊主!?」


 その直後、悲鳴を聞きつけたタオが寝床に来る。だが、ブギーヴィランは恐らくそれも予想していた。

 タオが異変に気付き、武器を構えるよりも早く、寝床の死角から現れたナイトヴィランが、エクスをタオに向けて放り投げる。倒れていたエクスは、争うこともできずに舞い、衝突。タオもろとも崩れ落ちる。


「うぉ」

「あだっ!?」


 エクスとタオは即座に立ち上がり、武器を構える。だがそこに居たのは──


「「メガ・ヴィラン!?」」


悪戯好き化け物ブギーヴィラン”ではなく、ナイトヴィランでもなく。そこには二メートルを超える巨体を持つヴィランがいた。

 そして更に、ソリアもいない。エクスは即座に辺りを見回し、ブギーヴィラン達がソリアを攫っているのを見る。


「タオ!? ソリアが……!」

「言わなくとも分かる!」


 タオは槍と盾を構え──はせずに、後ろに飛び退く。そして、一枚の栞を手に持った。瞬間、エクスはタオが何をしようとしているのかを理解する。


「坊主……! 先に行け……!」


 栞が光を放つ。タオの言葉を聞いたエクスは即座に疾走し、スライディングしながらメガ・ヴィランの足元を通り抜ける。

 その直後だった。


 爆音。


 鉱石を槌で砕いた様な甲高い爆音が響く。

 そして、巨体であるメガ・ヴィランの体が数瞬宙を舞う。それから間もなく、メガ・ヴィランが地面に墜落する音が鳴り響く。



 エクスは、それを知っている。それ程の力を持つ者を、知っている。振り返らずとも、その者の名を言い当てられる。

 獰猛な見た目と、繊細な心を持つ者。

 大きな体と、小さな心を持つ者の、名は──



 直後、攫われたソリアを追いかけるエクスの目の前に、またしてもメガ・ヴィランが現れる。そのメガ・ヴィランは既に巨腕を振り翳している。その一撃は避けられないと、エクスは直感で理解した。

 だが、動揺はしなかった。

 恐怖もなかった。


 そこには、揺るぎない確信があった。


 エクスの行動を、油断していると受け取ったメガ・ヴィランは、それでも尚、勢いを緩めることなく、腕を振るう。

 エクスはそれを見上げ、ニヤリと笑った。

 メガ・ヴィランの顔が影に隠れる。上だ。メガ・ヴィランの上に誰かがいる。メガ・ヴィランは腕を振るいながらも、上空を見上げ──



 ────バガンッ!



 結局、メガ・ヴィランはそこに何がいたのかを確認するよりも前に、その顔面を叩き潰されていた。

 直後、その勢いによってメガ・ヴィランは体を後ろに倒していく。エクスを捉えていた巨腕も、今では力をなくして地面に落下している。

 ズズン……。音を立てて崩れたメガ・ヴィランの屍の上にいたのは──


「タオ……いや……野獣ラ・ベット!」


 ──野獣だった。狼をその姿のまま人型にしてしまったかの様な、獰猛そうな見た目の野獣、ラ・ベットがそこにいた。手には片手用の、通常よりは小さな槌と盾が握られている。だがその槌は、通常よりは小さいと言っても、それでも大きい。きっとエクスなら、両手でなければ持ち上げられないだろう。


「……坊主、行くぞ」

「うん!」


 野獣ラ・ベットをその身に宿したタオは、敵に背を向け、悠然と立っていた。それを好機と受け取ったナイトヴィランは、タオの背後に回り込み、その剣を引き抜く。そして、振るおうとした瞬間だった。


 ラ・ベットは、獣の姿をしている。そして獣は、人間とは比べ物にならないほどに、嗅覚が発達している。その嗅覚からすれば、敵が背後にいることなど分かりきっていた。

 ナイトヴィランが剣を振り上げた瞬間を見計らい、タオはその手に持つ、片手用の槌を振るう。回転切りの如く放たれた槌の横薙ぎの一閃は、ナイトヴィランの脇腹にめり込み、それでは止まらない。そのままナイトヴィランを真っ二つにする。


 鉄が千切れる甲高い音が鳴り響いた。

 一体どれほどの力で放てば、鉄は引きちぎれるのだろうか。少なくともエクスにはできない。


 その直後だった。後方から無数の炎や矢が飛翔し、その周辺に近付いていたブギーヴィランやナイトヴィランが殲滅される。

 エクスは振り返り、そこにいた二人の名を呼んだ。


「レイナ……シェイン……!」

「エクスぼさっとしない! ソリアが攫われているんでしょう!」

「そーですよ、物事の優先順位を見誤らないように」

「……うん、分かった!」


 そこからはもう、言葉はいらなかった。

 エクスは流れる様な動きで栞を取り出し、そして接続コネクトするは──オペラ座の怪人と謳われる存在。


 ファントム。


 エクスの接続コネクトは、タオのものとは少し違う。タオは完全に同調する事で、姿に至るまで模倣する。だがエクスが行うは、半同調。半分の同調──武器の顕現と、それを扱うファントムの技量のみを模倣する。


 エクスの手に、巨大な大剣が現れる。ズシリと腕に伝わるその重さは、常人には振りまわせるものではないと理解させられる。実際、普段のエクスなら振り回すことなど出来ないだろう。

 だが、エクスの中にファントムがいる、それだけで、その大剣は一気に凶器と成り得る。


 エクスに襲いかかるブギーヴィランが五体、いる。“悪戯好きの化け物”は──ずっと先にいる。ソリアと共に。

 ソリアを助けなければ。それだけを考えていた。直後、完璧な体重移動、それを武器に伝え、武器を加速させる──熟練の動きを、エクスは自然とこなしていた。


 そして加速した大剣は、ブギーヴィランをバターの如く、いや、それは最早空気を切るように、斬り裂いた。

 タオがラ・ベットと接続したその体で二体のナイトヴィランを叩き斬ったのと同時だった。

 それから間もなく、後方から放たれる炎と矢により複数体のヴィランが倒れていった。


 遂に、行く手を阻むヴィランがいなくなった。エクスとタオはお互いに頷き、走り出す。遅れてレイナとシェインも走り出した。

“悪戯好きの化け物”や、それ以外のヴィランも、走る速度はそこまで早くなかった。その速度なら、数分あれば追いつけるだろう。


「これなら……!」


 エクスがそう口ずさんだ、直後だった。

 目の前に暗黒が現れる。走っていたエクスとタオは、それに気づくことができずに飛び込むこととなった。だがその暗黒は霧状で、すぐに霧散した。

 だが、それによって走る足を止めてしまった。

 すぐに走り始めようとしたが、さらにそれを阻む者がいた。


「……か、カオス・シンデレラ!?」


 エクスがそう叫んだその対象は、確かにカオス・シンデレラだった。だが、当のカオス・シンデレラは少しばかり笑っただけだった。

 直後、結局カオス・シンデレラは一言も話すことなく、暗黒の霧となって消えていった。


 そしてそれを見届けた頃には既に、ソリアと“悪戯好きの化け物”は、強風によって吹き上がる砂埃によって隠されていた。


 エクスは、いや、皆は、戦いに負けたということを悟った。

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