まさか……

「てことは?それがお兄さんの魔法って事……なのかな?」


首を傾げて考え込む橘さん

それ、とは、5点着地のことだろう。


どうやら俺は、15メートルという高さから落ちて、普通なら死ぬところ、地面に着くと同時に綺麗な5点着地をし、無事に生還したようだった。


実際は目を閉じて変な夢を見、目が覚めるとベッドの上だったので記憶にはないが、こうして生きていることが何よりの証拠だろう。


今までの人生で5点着地なんて必要になったことなどないし、身につけた覚えもないので誠に信じられないが、咄嗟の事態とはいえ、体が勝手に動いて訓練必須な技を使ったというのだから、これは間違いなく魔法によるものだろう。


「だと思う……」


ということは、


「だよね‼︎よかった‼︎無事に魔法がわかった‼︎」

「ああ、計画成功だな……」


ここはハイタッチして大喜び………


……ときたいところなのだが、


どんな魔法だよ?


高所からの着地?それが魔法?いらない。


「………いらない」

「………うん、ちょっとショボいね」


…………。

…………。


……………うーん、


なんとも言えない空気だ。


「どうする?スタントの仕事探すか、自衛隊にでも入る?」


仕事紹介したげるよ?と、同情の眼差しを向けてくる橘さん


どうやらそっち方面にも顔が効くらしい。



そんな彼女の甘い誘いに思わず首を縦に振りそうになった。


「いやいやいや、俺はこれから最強魔法少女決定戦で優勝しなくちゃならないんだ……」


とは言っても


「ねぇ、現実見よ?無理だよ?」

「うっ……」


これは……


何という破壊力。


年下から向けられる本気の同情がこんなにダメージがくるとは……


「いや、でも……」

俺は魔法少女によって失ったものを取り戻さなければいけないんだ……


自分でも分かっている。

こんなショボい魔法では絶対に優勝なんて無理だと、でも……


「よく考えよ?そもそも失ったものって何?そんな無茶してまでしか取り戻せないもの?」


そんな俺にさらなる追い討ちを橘さんは放ってくる。


「それは……」


よく考えれば……


車、職、怪我、彼女……


「怪我なら治ったでしょ?仕事は私がなんとかするし、車だって真面目に働けば前よりいいのが買えるよ?彼女さん、は……真面目に生きていればきっともっといい出会いがあるよ‼︎」


「………………」


…………たしかに、


最後は少し投げやりだが、前向きに考えれば橘さんのいう通りだ。



「そもそも無理なんだよ?勝つこと自体が、世界中から腕自慢が集まって一番強い人を決めるんでしょ?戦うんでしょ?どうやって戦うの?そんな魔法で?」


「うっ……」


話によるとなんでもありの殺し合いらしいし、当然死ぬことだってありうるようだ。


命を奪うレベルの魔法の応酬が繰り広げられるのだから当たり前と言えば当たり前の話だ。


今のところは死者はいないらいしが、それはあくまで皆最低限命を守れるだけの魔法が使える前提の話である。


高所から落とす魔法の使い手ならなんとかなるだろうが、そんなピンポイントな魔法少女はいないだろうし、トーナメント制の大会において、その一戦どうにかなったところで次には死ぬことになるだろう。


「………ね?もう変な夢を見るのはやめて、真面目に働こ?それが一番だよ」

「………はい」

なんだか、もうどうでもよくなってきた。


正直俺自身、こんな魔法で勝ち進めるとは思えないし、それに橘さんのいう通り、今まで失ったものといえば、別に命をかけて戦ってまで取り戻したいものでもなかったと思うし、地道に働けば取り戻せるものばかりだ。


……男である俺が何故か選ばれ、魔法少女になった時はもしかしたら自分は特別で、ものすごい力に目覚めたりする、なんて妄想をした事もあったが、それも昔の話。


いまではそんな考えもなくなり、すっかり喪失感に囚われてしまった。


「うんうん、まかせて‼︎きっと雄二郎さんにぴったりな仕事を見つけてあげるから」


そういう橘さんの顔は今までで一番晴れやかで、思わず見惚れてしまうほどに可愛かった。


「……俺、真面目に働くよ」


一度は何もかもを壊され、荒んでしまった俺の心を温かく包んで直してくれた橘さん。


俺はこの人のためにも真面目に働き、前までよりも幸せになってやると心に誓った。


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