目覚め

「……ろ」


…………ん?


遠くで声が聞こえる。


「……きろ」


声はだんだんと近づいてきて、


「おい‼︎起きろ‼︎大丈夫か!?」


「――――ハッ⁉︎」


目を覚ますと、視界一杯に人の顔が入ってきた。


表情は影になって分からないが、声からしてかなり心配しているようだ。ひどい動揺が伝わってくる。


「おいキミ‼︎大丈夫か?何があった?」



次第に思考が回復してきて、女の子が俺の顔を覗き込んでいるのだと理解した。


「……ああ、大丈夫……だと思う」


意識ははっきりしてきた。


声もなんとか出せる。


そのことを理解したらしい、女の子もほっと胸を撫で下ろす。




「そうか、よかった……」


だが、すぐに目を吊り上げて、


「全く、こんなところで居眠りか?びっくりしたんだぞ⁉︎帰り道歩いてたら君が道の真ん中で倒れてるんだから‼︎」


確かに、背中には硬いアスファルトの地面があたっているし、道端で仰向けで倒れていたようだ。

まだ日も暮れていない時間に。


「すまない……」


こうなる前の記憶を掘り起こす。


なぜこんなことになった?流石に平日の昼間から酒を飲む習慣もないし、いきなり意識を失うような疾患も持ち合わせていない。


なら……


「いや、大丈夫ならいいんだけど、何があった?警察呼ぶ?それとも救急車?」


早口で喋り続ける少女。


まだかなり動揺しているようだ。


「いや、大丈夫。心配ない……」


そう、これは事件でも事故でもない。


だんだんと思い出してきた。


そうだ。俺は確か怪しい生物に怪しい薬をもらって打ったんだった。


そしてあまりの激痛に意識が飛んだんだ。


さっき一瞬見たのは、意識を失っている間に見た夢なのか?それとも幻覚でも見たのか?



どちらにしても気分のいいものではなかった。


妙にフワフワした感覚で空を飛んだり、かと思ったら狭い個室にいて面接を受けさせられたり、訳がわからなかった。


全く、


あれはなんの薬だったんだ?


絶対健康にいいものではなかっただろ。


痛かったし、変な幻覚か夢かを見てしまうような効果があるなんて、どう考えても危険な薬物だ。


あんなのを打ってしまって、果たして大丈夫なのだろうか。


とりあえず痛みはあるし、死んではないみたいだし、まだ夢を見ているわけではないようだ。


まだワンワンなってる重い頭を上げ、なんとか起き上がり、周囲を見回す。


心配そうにこちらを見ている女の子は中学生くらいか?学校帰りか、制服姿だ。

茶色がかった髪を後ろで結んでいて、スカートは気持ち短め、すらっとした細身の手足に適度についた筋肉、

活発な印象を受ける女の子だ。


周囲に他の人は見られないので、一人でたまたま通った時、倒れていた俺を発見して駆け寄ったと言ったところか、


普通この年くらいの子供なら、こんな状況怖くてすぐ立ち去ろうとするところだが、この子はここまで俺を介抱してくれていた。

真面目で、困っている人を放っておけない性格なのだろう。


実にいい子だ。


そして時刻的には夕方頃だろう、日が暮れかかっている。


場所としては、どこかの住宅地のようだ。

見覚えのない家がずらっとならんでいる。


どうやら、一度も来たことのない場所のようだ、全く土地勘がない。


舗装された広い歩道に街路樹、並ぶ家はどれも大きな一軒家ばかりなことからも、俺が住んでいたオンボロ住宅地とは格の違う高級住宅地なのだろう。


貧乏人の俺には縁がないから立ち寄る理由もない場所だし、当然だろう。


「ねぇ」


一人で考えごとに夢中で、女の子がいることを完全に忘れていた。


「ほんとに大丈夫?」


道に倒れていた知らない人、しかもそいつは起き上がるなりボーッと考え込む。


完全に不審者の俺に対してここまで待ってくれるなんて、ほんとにいい子だ。


「すまん、考えごとしてた」



もう流石に帰ってるかと思ったのに、まだ心配してくれているこんないい子を無視していたことに申し訳ない気持ちになる。


「いいよ、でもこのまま放っては帰れないし、一人で帰れる?家は近い?警察を呼ぶのが嫌なら私が一緒に送ってあげるよ?」


「……女神がいる」


まさに今考えていたのがここからどうやって帰ろうかと言うところだった。


今の俺は完全に不審者、警察にこられたら間違いなく連行されるだろう。


そこまで配慮してくれるなんて


「そうだった、自己紹介がまだだったな、俺は柚木雄二郎だ。とりあえず不審者ではないから安心してほしい」


状況は完全に不審者だし、疑われたら終わりなのだが、彼女なら信用できそうだ。


とりあえず悪いことは考えてない意思を伝えておく。


「へぇ〜、柚木雄二郎さんか、私は橘春香、よろしくね」


そういうと、橘さんはいまだ座り込んでいる俺に手を差し伸べてきた。


「ああ」



彼女の手を取り、立ち上がる。


いまだ体に違和感はない。


「帰り道分からないんだよね?」


手を離そうとしたが、橘さんはなぜか力強く握ったまま話してくれない。


「ああ、自分でもどうやってここへきたか分からないんだ」


事実をそのまま伝える。


ほかに言い訳も思いつかないし、


もっと言うと変な薬を打ったら意識を失って気づいたらいたのだが、そこは伏せておく。



「そっか、じゃあどこか分かるとこまで一緒に行こう‼︎適当に住所かわかりやすい建物でも教えて?」


「ありがとう、助かるよ、じゃあ……」


とりあえず自分の家の住所を言ってみた。


いまはゆっくり休みたい。


「……え?」


住所を聞き終えると、顔を真っ青にする橘さん。




なんか……


すごく嫌な予感がしてきた。



「ほんと、どうやって来たの?ここは……」


予感は的中した。


どうやら、俺は薬を打った場所から県を二つ程跨いでいたようだった。



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