数日前
「僕と契約して魔法少女になってよ‼︎」
元気に俺に話しかけてきたのは猫のような犬のような猿のような、そんな怪生物だった。
話には聞いたことがある。
12歳を迎えた少女の前に突然現れ、魔法少女になってよと勧誘する、いかにも怪しい怪生物の話を。
いまや知らぬ者はいない、有名な話だった。
当然俺も知っている。
この生物と契約すると、この地球上に存在する魔力とやらを引き出す力をもらえるのだ。そして魔法という不思議な力を使うことができるようになる。
街中で何度か見たことがある。
魔法少女。
翼を生やして空を飛んでいたと思ったら猛スピードで突っ込んできたり(骨折した)、奇怪な武器を使って戦って周囲を破壊したり(家が半壊した)キラキラと綺麗な光線を放ったと思ったら車を真っ二つに叩き切ったり、
切られたのは俺の買ったばかりの新車だった。
まだローンも残っているのにだ。
魔法少女に保険なんてないし、やった本人は何か気にした様子もなく姿を消すし、怒りで3日は寝込んだ。
そんなトラウマな存在魔法少女に俺がなれる?
……というか、
「いやいやいや、そもそも俺男だから」
少女って言ってるのに男の俺を勧誘する意味がわからないし、男の魔法少女とか聞いたこともない。
何かの間違いとしか思えない状況に全力で首を横に振る。
「うーん、困ったな、本来なら断られたら潔く諦めるのが僕達のルールなんだけど、今回、君にあたってはそのルールは適用外なんだ。残念だけど諦めて僕と契約して魔法少女になってよ」
怪生物も何か事情があるのか、引くに引けないようだ。
「とはいえ、俺男だぞ?何でそんな魔法……少女になれなんて言うんだ?他にいくらでもなりたい少女はいるだろうに」
そこが分からない。
勧誘してるのは魔法少女なんだから、少女の方へいけよと思うのは普通だと思う。
俺がなったら魔法少女じゃなくて魔法男になってしまう。
まるで妖怪ではないか。
そりゃ、魔法が使えたら楽しいだろうけど、少女しかいないのは魔法を使うには理由があって、男だと体が耐えられないからだとか、寿命を削っているだとか聞いたことがある。
本当か嘘かは分からないが、男がいないことには必ず理由があるはずだ。
そんなリスクを負ってまで魔法を使いたくないと言うのが俺の考えだ。
「君が心配しているようなことは何もないさ、僕達が12歳〜の少女しか魔法少女にしないのは昔からそう言うものだったからってだけ、他に理由はないんだ。そしてたまたま今回、君が選ばれたってだけのこと」
「うーむ……」
怪生物が嘘を言っているとは思えない。
だが、話がうますぎる。
うまい話には必ず裏があると言うのは世の常。この話にもきっと……
「なら、こういうのはどうだい?最近君は魔法少女による被害に困ってはいないかい?」
悩みを見透かされたのか、怪生物は話を変えてきた。
「……確かに、ある。両腕と家と車をもっていかれた」
今でも夢に見る、悪夢のような経験だ。
「なら、魔法少女になればそれらをと取り戻せると言ったら?」
「なんだと?」
それは……
「願ってもない話だが、魔法少女になれば願いが叶いますなんて話聞いたことないぞ?」
そう、この頃の魔法少女話には夢も希望もない話ばかり聞く。
それも、なったからと言って、願いが叶うなんていつの時代の魔法少女だ?というような内容ばかりだ。
最近の話だとせいぜい
『磁力の魔法を使う魔法少女が自販機の下に落ちた百円玉を拾うのに苦労していた』
とか、
『錬金術の魔法を使う魔法少女が、居眠り中に誤って教科書を金属にしてしまい、先生に怒られてた』
とか、
そんな平和でしょうもない話ばかりだ。
そんな彼女らが、自らの願いを叶えた後だったらと考えると、なんと切ない光景だろう。
「そうだね、流石に魔法少女になる口実に何でも願いが叶うなんていうのはもう古い話だしそんな事は無い」
怪生物もあっさり認める。
「ならどうやって取り戻せるんだ?この両腕、複雑骨折で全治4カ月と言われたぞ?」
それに家や車もローンが残っていたんだ。
手術費合わせれば、二千万以上の損失だ。
保険会社に魔法少女にやられたなんて説明しても保険対象外と言われたし、
こんな腕では仕事もできないと会社もクビになったし、近々同棲しようと言っていた彼女とも連絡がつかなくなった。
お先真っ暗だ。
魔法少女になっただけでそれらが取り戻せると言うのか?
「近々魔法少女達による、最強の魔法少女決定戦が行われるんだ」
怪生物は語りだす。
「優勝者には、金と魔法で可能なことならどんなことでも願いを叶えられる権利を得る」
「ほう」
「つまり、君にはこれから魔法少女になって、その大会に出てほしいんだ。優勝できれば君は魔法少女によって失った腕と家と車を取り戻せる。悪くない話だろ?」
確かに、
「なるほど、で?ルールは?悪いが俺はその手のことには全くの無知だぞ」
いきなり出ろと言われて出たところで、ルールも何も分からなければ勝ち目もないだろう。
「大丈夫さ、ルールなんてない。レフェリーも、降参も、反則も禁じ手も、勝てば良い。どんな手を使ってもいい、相手を戦闘不能にすることだけが勝利条件だ」
すごいハキハキと怖いことを言う。
「そもそもルールを作ろうにも、魔法なんて未知数な力を競う以上、制限を作ればどうしても有利不利ができてしまう。なら最初からなんでもありなら誰も文句を言わないだろう?」
それは確かに、そうなのだが、
「……それはそれで、大丈夫なのか?」
それは単純な殺し合いになるのでは?と疑問をぶつけてみる。
「大丈夫、確かに命の保証はないけど、それに見合った商品を用意しているつもりだ。それに、皆自分の身の守り方、どの程度したら相手が死ぬかくらい分かってる。最初から殺す気でもなければ誰も死なないさ」
実際、今回で第十回を迎えるそうだが、死者はゼロなのだとか。
「……わかった。で?どうやって俺は魔法……少女になるんだ?」
まさか本当に少女になる訳じゃないだろし、魔法少女という言い方には抵抗を覚えるが、妖怪魔法男も嫌だし、何かいい言い方を思い付くまでは魔法少女を名乗ることにしようと諦める。
「本当かい?ありがとう‼︎魔法少女になるのは簡単さ、この注射を腕に打つだけさ‼︎」
どこから取り出したのか、怪生物は注射器を渡して来た。
「ああ、そう」
注射器を受け取り、腕に打つ。
「うっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
全身の血液から細胞から何もかもが書き変わるような感覚を、痛みと共に味わった。
あまりの痛さに意識は遠のき、視界が真っ暗になった。
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