第七話 街角の小さなキャットファイト☆

 中心街の正に中心。先ほどルーシーと別れた公園の傍に『カオスシティ・観光案内図』と書かれた掲示板が立っていた。掲示板の傍らにはこの掲示板の地図を印刷した紙が箱の中に大量に積み上げてある。


(二枚ほど貰ってくか……)


 ヒロシは箱から地図の写しを二枚取り出し、一枚はジャケットの胸ポケットに畳んで仕舞い、もう一枚は広げてこの街の地理を確認する。


 現在地、つまり公園のすぐ近く、北西方向には先ほど訪れた道具屋と酒場が確かに書かれている。


(……この区画は……)


 ヒロシが眉根を顰めて凝視した部分は、中心街を西に外れた所にある『スラム通り。※危険地帯につき立ち入りは自己責任にてお願いします』という注意書きだ。


 スラム通りとやらは街の一部でありながら、街の行政からは余程デリケートな地帯らしい。出入り口だけ書かれていて詳しいスラム通りの地理は記されていなかった……。


(……時間は限られてる。普通に街中で金目の物を探してたって、何のコネも無い俺にそんなうまい話が来るとは考えにくい……)


 そう考えながら歩き出し、ヒロシは身の危険を意識しつつもスラム通りに向かうことを思案し始めた。


――――と、そこに何やらけたたましい声が聞こえてきた。


 立ち止まり振り向くと、そこは装飾が華やかなブティックだった。


 窓から中の様子がよく見える。


「ねえねえ、ミサキ! これスッゴイ綺麗だと思わない!?」


「何言ってんの。これドレスでしょ? しかもスカートミニの。前から思ってたけど、ユイはガニ股だからスカート全般は無理。ナシ。ゼロ。」


 中で盛り上がっているのは、二十歳そこそこの女性二人だ。甲高い声は店の外までよく聞こえてくる。


「むー。いいじゃん! 本人が気に入ってればそれでー」


「『混ぜるな危険』みたいなコーディネートはNGよ……それに、給料日前なんでしょ?」


「ううう……臨時収入があったからいけるかと思ったけど……やっぱ無理があるかなー……高いし」


 落胆しかけるユイという女性に、ミサキという女性は顔をこわばらせて何やら怒る。


「……何よ、臨時収入って……あんた、またオトコから貢がせてもらってんの?」


「なっ! ちょ、そんなわけ――――」


「大した器量も無いくせに……ビッチが!」


 途端にユイとミサキは噛みつきあった。


「……何よー! ミサキ、あんたこの前彼氏に振られたからって私に当たってんじゃあねえーわよ!! こんの貧乳! いや! 非乳●●ッ!!」


「なんっですってえ〜っ!? やる気ぃ!?」


「ムギぃぃぃぃ!! 上等オオオオオオオッ!!」


 ――――突然、二人から烈風を伴う闘気が立ち上った! 


 一瞬のうちにユイはゴツい手甲を両手にはめて某世紀末救世主伝説の一子相伝の殺人拳を彷彿とさせる構えを取っている。心なしか顔の造形まで某世紀末救世主伝説のそれに近くなっている。


 一方、ミサキはいつの間にか分厚い雪原迷彩コートを身に纏い、両手には歴戦のパイナップルアーミーも愛用するSR-47ライフルを手に射撃姿勢を取っている。こちらも某世紀末救世主伝説のような顔立ちに見える…………! 


「ちょうどよい。ここで死合おうぞ、我が強敵とも・ミサキよ!! 余の渾身の一撃、無限の技に耐えうるかッ!?」


「こちらの台詞だ、蛮族・ミサキよ!! マガツ国解放戦線で生き延びた我の雪原迷彩SR-47の銃連撃! そして……その連撃を十二分に開放出来る訓練された我がマーシャルアーツに沈まぬ者などおらぬワァーッ!!」


 先ほどまでの女性らしさは両者とも微塵も感じない。夢幻の彼方に消え失せている。


 二人の声はこれまた某世紀末救世主伝説の闘士の如く野太い声質に変質している! 女性ホルモンが丸々男性ホルモンに変換したのちその濃度を万倍にはしたかのような雄々しさが迸る。


「な!? お、お、おいっ!?」


 これにはヒロシも狼狽える。だが、そんなヒロシなど眼中に無い二人は遣り取りを続ける。


強敵ともという者が我が殺人拳を侮るか……笑止千万ッ! その身に刻め、喰らえ! 柔刃死激拳じゅうはしげきけんッ!!」


 ユイは目にも映らぬ速度で間合いを詰め、無数の拳による乱打を浴びせ、手の爪で作り出した真空の刃でミサキを切り裂いた! 全て急所狙い。ミサキは全身の傷口からどす黒い血を放出する。


「ヌウウウウウッ!! やるな! 蛮族ッ!! だが、この程度の技では我が非乳にくたい小動こゆるぎもせぬ! その身に受けよ、アサルトコンバットパターン・Θ《シータ》ッ!!」


 今度はミサキがキレッキレの肢曲●●で残像を残しつつ店内を縦横無尽に駆け、全方位からSR-47を吼えさせ、締めに指向性爆弾六つを全てユイにのみダメージが通るように鉄火の嵐を浴びせた! 


「グヌオオオオオオオッ!!」


 ユイが野太い声を更に際立たせたかのような悲鳴を上げた。


 互いに重い一撃。しかしその生命の遣り取りの中、二人は不敵に笑う……。


「ヌフフフフフ……」

「クククククク……」


 ――――互いの双眸が語っていた。極限の生命の遣り取りを交わし合う者同士の、相手への殺意と敬意の篭ったギラついた目だ。


「さすがは我が強敵とも・ミサキよ! この痛みこそ余が己で在る証ッ! 余にこれほどまでの痛みを与えるなんじこそ最悪で最強で最愛の宿敵よ!!」


「ククク……貴様も更に腕を上げたようだな! この技! この威力! 『よく見ればお肌のツヤがイイわね、トリートメントも変えた?』と言いたくなるほどの女子力ッ!! 我が生涯最大の怨敵に相応しい……ッ! ここで……この宿縁に決着をつけようぞォッ!!」


「望むところだあアアアアーーーッッッ!!」


(待て待て待て待て待て待て待て待て)


 双眸が語る魂魄を口から吐き出す勢いで叫ぶ女子二人に、ヒロシは異次元にでも迷い込んだかのような錯覚を禁じ得なかった。


 立ち尽くしながら必死で正気を保ち、自分が何を為すべきか思考を働かせようと努力した――――が、なおもお洒落女子二人のキャットファイトは続く。


「ウヌウウウ!! このままでは埒があかぬゥ! こうなれば……この身とこの母なる大地を犠牲にしてでも汝を冥府に渡す禁じ手を使うのみィィィイイイイ〜ッ!!」


「戦局は膠着か……こうなれば我が最悪のリーサルウェポン……ICBMでこの星ごと滅するッ!!」


「死ぬるはーっ!!」

「今ぞォーっ!!」


 駄目だ。


 このままではカオスシティどころか、この世が終わる――――


「うおおおおお!!」


 そう確信したヒロシは裂帛れっぱくの気合いと共に――――アクションを起こした!! 


――――現在ヒロシの傾奇ポイント八十ポイント。予選終了まで三時間三十二分。予選通過に必要な傾奇ポイント二百二十ポイント――――

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