第五話 天才科学者と機械少女

 ユカリやママさんからいくつかの情報を得て、時間を使いながらも充実した時間を過ごせた。


 予選終了まで、あと四時間ちょうど。


 席を立ち、ユカリと本選までのしばしの別れを告げてカウンターから離れる。


 と、出入り口の脇にあるテーブルで何やら騒ぎが起きていた。


 何やら男二人が言い争いをしているように見える。


 折角ユカリと出逢えた酒場。ヒロシは無益な争いをここで起こして欲しくはなかった。


 男二人に近付き、喧嘩を止めようとする。


「おいおい。あんたら喧嘩はよしなよ。他の客の酒が不味くなるだろ――――」


「……いっつもいっつも、たまに外出する度に俺にツケだの奢りだのさせやがって! そのだらしない金銭感覚、いっそお前も人工知能で制御したらどうだい!」


「なーんだよ! カネは無くてもよ、俺は技術面でアンタに散々協力してやってるじゃあねえかよ! ツケぐらいがなんだ! そんなこったからアンタは二次元にしか嫁がいねえんだよッ!!」


「……ふうーっ……やれやれこいつは性懲りもなく……また痛い目見ないとわからんか?」


「ちょいと……喧嘩なら他所でやっておくれ。店の中は迷惑だよ」


 ママさんもカウンターから出てきて止めようとする。


「……そうだね。すまない、ママさん。すぐに済ませて戻ってくるから――――おい。表に出ろよ」


 ツケを踏み倒されていると見える片方の男……睡眠不足なのか、目が充血しクマも出来ている理数系といった風情の男が一旦語気を和らげ、ママさんに一言断る。


 相対している荒くれ男が吠える。


「上等じゃあ! 普段筋トレのひとつもしねえモヤシみてえなアンタの身体なんざひと捻りだぜ」


「お、おいおい……」


 二人は席を立ち、表に出ようとする。ヒロシは思わず後を追って店を出る。


 ヒロシが表に出るが早いか、たちまち野次馬が集まる。


「なんだ、喧嘩かあ?」

「へっ、祭りの前だってのに血気盛んなこった。やったれぃ!」


 表に出て、理数系っぽい男と荒くれ男は数メートルの間を空けて相対する。


 ヒロシは、二人を止めようかとも思ったが……この街の喧嘩がどう行なわれるのか興味があったせいか、ギャラリーの一人に紛れてしまう。


「……けっ! 手伝ってやってる恩も忘れておめでたいこったぜ。二次元オタクのフィギュアフェチ野郎がよ!」


「……御託はそれだけかい。来るなら来いよ」


「……ちっ! おりゃあああああーッ!!」


 ――――荒くれ男が激昴し、拳を握って理数系っぽい男に突撃する。


 理数系男は微動だにしない。荒くれ男の鉄拳が顔に激突する――――


 ガアァイイイイイィィィン!!


 と、その瞬間荒くれ男の拳が何かに強烈に弾かれた!


 荒くれ男は驚愕し、打ち付けたはずの拳を片方の手でさする。


「いってえーっ!! こ、これはまさか……」


「そうだよヌケ作。お前が協力して作ったバリアマシーンだよ。もう完成したのさ。早速役に立ったよ、ありがとさん」


(……バリアだって!? そんな科学的な物を使う奴もこの街にいるのかよ!?)


 ヒロシは技術的にも超大国のアメリカでも滅多に見られない、質量を伴わない防護の壁を生成するバリアマシーンを、この日ノ本で平然と扱う者がいることに驚嘆した。


「そして、このバリアに不用心に触れた奴は感電し、麻痺する……」


「う、うおおっ……し、痺れる……」


 相対した男は膝をついた。


「うおおー! バリアだ! どっかで見たと思ったら、思い出した! この人は――――カオスシティで一番の天才科学者にして傾奇者…………ヤマベ博士だあーっ!!」


 野次馬の誰かがそう叫んだ。


「天才科学者の……ヤマベ博士!?」


 その名を聞いた途端、野次馬たちは熱狂し、ヤマベ博士を応援し始めた。


「うおーっ! ヤマベ博士かよ、こんな近くで初めて見たぜえ!!」


「博士ー! そんな奴やっちまえー!」


 凄い人気だ。


 どうやら余程の実力者らしい……。


「協力してくれたお前にもう一つ朗報だ。『彼女』も完成したよ。すぐにでも召喚出来る」


「……な……んだとお!?」


 すると、ヤマベ博士はコートの中からタブレット端末のような物を取り出し、高速でタイピングした後、緩やかなトーンでこう唱えた。


「いでよ……アリス五号〜」


 すると、ヤマベ博士の右隣の空間が黒く歪み……バチバチと電流が弾ける音と共に闇の中から何か現れた! 


 それは、光に包まれた人影だったが……すぐに光が収まり、その全容が見えてきた。


 ヤマベ博士の言う『彼女』。その呼び方の通り、それは少女の姿をしていた。

 高貴な君主に仕える使用人さながらのメイドの衣装を纏っていたが、関節や節々の突起、人工的な装飾物からそれはひと目で『造られたモノ』だとわかった。


 空間の歪みが安定したと同時に、『彼女』はまぶたを開いた。


「……お呼びでございますか、博士」


「あのロボット、もう完成したのかよ!? ちょ、そりゃあヤバすぎ…………」


 バリアに弾かれた荒くれ男は狼狽した。


「アリス五号、オーダーだ。前方の男、カミシロを死なない程度にボコボコに叩きのめした後、これまでのツケを徴収せよ。なお、腕部パーツに……『生命を刈り取る形状デスアーム』の使用を許可する〜」


 アリス五号は、キュイ、キュイ、と瞳の部分を収縮させる。ターゲットをロックし、ピントを合わせているように見える。


「了解いたしました。モード・『シニガミ』を起動。腕部パーツ召喚及び交換」


 そう機械少女が無機的な声で唱えると、右腕が眩い光を放ち――――華奢なボディとは対照的な、元々の腕より遥かにごつくて巨大なアームに交換された。


「パーツ交換完了。直ちにセミバトルシステムを起動……オーダー執行開始」


 アリス五号は体内の出力機関のトルクを高速で回転させ、身をかがめた次の瞬間、目にも止まらぬ速さで荒くれ男・カミシロの眼前までもう間合いを詰めていた。


「ひぃ、やめ――――」


 カミシロが叫び声を上げるのと同時に――――一見アンバランスな形状の腕部を超高速で振りかぶり、アリス五号は怒涛のラッシュを浴びせた! 


「ぐっ、がっ、ぐふっ、ぶげ、ぐほおおおおおっ!!」


 最後は豪快なアッパーカットだ。カミシロの身体は宙に一メートル以上は吹っ飛び……砂埃を上げて地に倒れ落ちた。


 カミシロは白目を剥いて動かない。呼吸はしているが、完全に気絶している。


「ダメージによる意識の喪失を確認。腕部パーツ、通常パーツに交換。モード・『シニガミ』終了」


 アリス五号が変わらず無機的な声で唱えると同時に、右腕の『生命を刈り取る形状デスアーム』とやらは一瞬光を放ち、すぐに元の少女型の腕に戻った。出力機関の駆動音も回転数が収まり小さくなる。


「次のオーダー執行。カミシロより

これまでの博士の同意無きツケと奢り代金を徴収」


 アリス五号の瞳……眼のカメラが青く点滅する光を放つ。


「所持金の収納部を確認。胸ポケット、ボトムスのポケット、股間の隠しポケットより反応」


 全身のどこに金を隠し持っているかも探り当て、素早い手つきで金を取り出していく。


「徴収完了……ツケ及び不当な奢りの総額五万七千八百九十三YEN」


「す、すげえ…………」


 ヒロシは目の前の機械少女の性能の高さ、そしてそれを造り上げたというヤマベ博士に畏怖の念すら抱き、固まっていた。


「ご苦労〜。アリス五号、もうそいつはほっといてついてこい。ラボへ……おっと、その前に店の勘定か……やれやれ。今徴収した金額の中にここの勘定は含まれているか?」


「もちろんです、博士」


「上出来だ。少し待ってろ――――」


 そう言ってヤマベ博士が一旦店内に入ろうとした刹那――――群集から人影が飛び出してきた! 


「ひゃっはーっ!! 天才科学者・ヤマベええええええッ!! その技術の結晶、もらったああああアーッ!!」


 そう叫びながら飛び出した、何やら怪しげな黒子はアリス五号に珠のような物を投げつけた! 


「!!」

「なにっ!?」


 ヤマベ博士が奇襲に驚き振り向いた時には、アリス五号は何やら黒子が投げた珠から発せられる力場に囚われ、動けなくなっていた。


「ククククク! そのパワーゾーンに囚われては……さすがの博士の新作も身動き出来まい! アリス五号……その技術は頂く!!」


「……あっちゃ〜、油断した……カミシロをぶちのめしたところですっかり刺客への注意を怠った……」


「さあ! 貴重な機械少女に傷は付けたくない……大人しく渡してもらおう! さもなければ……この手元のリモコンで木っ端微塵だ……!」


「……!」


 そこで、今まで見ていたヒロシの脳裏に閃きが走った。


「……せいっ!!」

「ぎやあっ!?」


 忍び足で黒子の背後に近付き、ヒロシは木刀で急所を一撃、そして足払いで転ばせた。


「ぐ……貴様、何者だ――――」


「動くな。俺は――――ヤマベ博士の秘密兵器だ」


「な!?」


 ヤマベ博士も含め、その場にいた群集は皆衝撃を受けた。


「博士はこんなこともあろうかと、戦闘に特化させた新兵器も開発していたんだ。俺はヤマベ博士、そしてアリス五号のガードロボ。そして……残忍な凶悪犯の人工知能を搭載した殺人マシーンだぜ」


 そう告げたヒロシは、木刀を黒子の眉間に突きつけ、凶悪な笑みを浮かべた。


「な!? ば、馬鹿な、ありえん! この短期間に戦闘兵器など――――」


「ならば、試してみるか? この木刀に擬態した――――ブラスターソードの切れ味と熱毒を味わいたければなァ」


「…………」


 ヤマベ博士は何かに気付いた顔をしつつも、黙って静観する。


「まずは……じわじわとその身をブラスターの刀身で穴だらけにしてやろう……すかさず熱毒を全身に拡散だ。熱に焼かれ、生きたまま己の崩壊した身体を眺めるがいい。お前の恐怖が臨界点を超えた瞬間…………熱毒が爆発的に作用し、全身は腫れ上がり無惨な肉塊と化し……痛みと痒みで狂い死ぬ――――ああ……たまんねえなァ…………ひひひ、ひゃははははは!」


「ひ……ヒイィ!! や、やめ――」


「とうっ!」

「ぶきゃあっ!!」


――――ヒロシは黒子が手からリモコンを放したのを確認し、一振り。当て身で黒子を昏倒させた。


「……なーんてな。博士。ほら、リモコン!」


「お? うむ……」


 ヤマベ博士はヒロシからリモコンを投げ渡される。すかさずリモコンを操作し、力場を解いてアリス五号を解放した。


「……はか、せ……申し訳、ありま、せん」


「いいんだ。油断した俺が悪い。後でラボに戻って修理とアンチパワーゾーンの実装だ。それより……」


 ヤマベ博士はタブレット端末を操作し、再び空間を歪めてアリス五号を転移させた。そして、ヒロシに歩み寄る。


「……まずは礼を言わせてくれ。ありがとう。俺もアリス五号も無事で済んだよ。そして――――」


 ここで博士は、にこやかに微笑んだ。


「素晴らしい傾きっぷりじゃあないか。見ない顔だが……新人かい? なかなかあの一瞬で場をさばき切れるもんじゃあない。口八丁と演技が見事だね」


「へへ……まあな!」


「君も『祭り』に出るんだろ? メーターを確認したまえ」


「お? おおー! やったぜ!」


 ヒロシの腰元に持っていた傾奇メーターが緑色の輝きを放つ。


 手に取り、確認する。


 メーターには『八十』の文字が表示された。初めての傾きだ。



――――予選終了まであと三時間五十五分。現在傾奇ポイント八十ポイント。予選突破までに必要ポイント二百二十ポイント――――

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