第12話 提案
アリアスとディオンが男を見据えていると、閉められていたドアが動きを見せた。
先に入ってきていたウェン=バトスが鍵をかけたところは見ていなかったが、ウェン=バトスは目の前から動いていない。
外側から、他の誰かがドアを開けた。
そうして現れたのは、あの、「頭」と呼ばれていた男だ。
「どこ探してもいないからもしかしたら思えば――おい」
中にいるウェン=バトスを確認してか、ため息をつきそうな声音を出し、部屋の中に入ってきた。
顔はやはり覆ったままで、目くらいしか見えないが、他の者たちは誰がどうだか曖昧になったとしても、この男だけは明確に分かる。
「ああ、お頭」
「お前、顔は隠せと言っただろう」
振り向いたウェン=バトスの素顔露な状態を見た上での言葉は、目を歪めて、飽き飽きした様子で言われた。
「大体、何をしていたん――」
その目がアリアスたちがいる下に向いたのは数秒。はっとしたように、すぐさま目を上げた。
「まさか、また名前を教えたんじゃないだろうな」
「ん? 名乗ったが」
「……お前、そういうところだぞ。普通にしていれば有能なのに、変なところで生真面目というか……」
「しようとしている提案を思えば、一人くらい正体を明かしてもいいだろうと思ったまでだ」
「そもそもその提案が独断だから問題なんだろうが。誰がそうするって言った」
「救出準備も整ったところだ。用無しになるかもしれないからその前に、ちょっとした提案に過ぎない。受けてもらえれば利益になるが、拒否されても別に今のままであるだけだ」
「はいはい、そうだな。で、他に何か聞かれたか? 喋ったか?」
「私はこの国出身の魔法師ではあるが、君たちを含め、他の者は違う。また、竜を盗もうとした目的を聞かれたため、どうやら遠い国では竜を食べると万病に効くとかいう話があるらしい、ということ、竜はこの国にしかいない生き物だから剥製にでもして飾りたい者もいるのではないかと答えた」
「中々冗談が効いているな」
「そうだろう」
くぐもったため息が聞こえた。
「どうでもいいが、時間を無駄にしている場合じゃあない。ここも出来るだけ早く引き払って他に移る。お前も役割を果たせ」
「分かっている。ではさっさと話を済ませよう」
こちらをそっちのけで、目の前で話していた内の一人、リーダーと思われる男が入ってくるまで応じ続けていたウェン=バトスが下を見た。
「君たち、内通者になる気はないか」
確かに、ディオンとアリアスを見下ろしての言葉であった。
だが、あまりに唐突で、アリアスはとっさには意味が分からないと思った。
「……内通者……?」
「内通者だ。つまり、そうだな、仲間にならないかと言っている」
仲間に誘われている。
言い替えられて、意味的には飲み込み易くなり、何を言っているのか内容自体は理解ができた。
しかし予想外の展開に、アリアスは驚きを抱えればいいのか、戸惑えばいいのか。とにかく何を言っているのかと、心の底から思い、先輩を見てしまう。
ディオンもまた、さすがに耳を疑ったらしく、そんな表情をしていた。
「……本気で言っているのかと、聞き返したい」
「本気だ。中に内通者がいれば、便利なことこの上ない。本気も本気の提案だ」
「本気だと言うのなら、僕たちは断ると返す」
先輩はきっぱりと断った。
当たり前だろう。むしろここまでの状況で、よく仲間に誘ったものだ。神経を疑う。
神経を疑ったのは、何もアリアスたちの側だけではなかったようで。頭と呼ばれる男が、「だろうな」と言った。
「無理に決まっているだろうよ」
「何を言う。聞いてみなければ分からなかった」
「可能性の低さは分かる。こいつらは城に勤めるグリアフル国の『真っ当な』魔法師だ」
「
「だが駄目だった」
「結果的にだ。まあ駄目だったことは認めよう。無駄になったことも。だからこの話はこれで終わりだ」
言うや、視線が離れ、ふっと空気が変わったように感じられた。
ウェン=バトスはにわかに、服のポケットから布を取り出し、晒していた顔を今さら覆いはじめた。目以外を残して器用に布を巻いていく。
目は、もう下を見ない。
このまま出ていく予感がした。
「空間移動の魔法が使える魔法師」
出ていく前、こんな好機はもうないと直感したのだろう。臆することのないディオンが、また声を投げかけた。
ウェン=バトスはもうこちらを見ない。頭と呼ばれる男は、わずかにだけ視線を向ける。
「それがあなたたちのどちらかであったとして、それほどの魔法師が、なぜ盗賊をやっている」
「答える義理はない」
即刻拒否したのは、ウェン=バトスの方だった。
顔の、目以外を覆ったその男は先程とは様子が打って変わっていた。
「今、君たちに利用価値はなく、断った以上はこれから見出だされるかも不明だ」
「人質としての利用価値はどうなったのだろう。そっちも捕まった者がいると聞こえた」
「今から救出に行く」
さらっと言ったウェン=バトスがちらりと視線を向けたのは隣に立つ男の方で、その男は布の下で笑った気配がした。
そして、口を開いた。
「騎士団の団員とはいえ、牢番くらいなら倒すのは簡単なことだ。場所が敵陣だとしても、救出はそれなりに可能ということにもなる」
嘲笑うかのような、言い方だった。
城の牢は、騎士団により警備されている。それを簡単だと言う。
それほどまでの自信が来るゆえんは、実力ゆえだろうか。空間移動を使えるほどの魔法師の実力は……騎士団で言っても上位に入るはずだ。
牢の番をしている団員が弱いとは言わないが、騎士団の上位レベルの者がいきなり襲撃すれば、どうなるか。
牢は大丈夫だろうか。
「騎士団を侮らない方がいい。空間移動の魔法が使われ、そういう力を持った魔法がいるとなれば対策はされる」
「心配ありがとうよ。だが無理なようなら、救出は止めて口封じをするだけだ」
「……仲間を殺すのか」
「そうだ。人質同士の交換は現実的じゃあない。時間がかかればかかるほど、危険は増す。その代わり、救出の努力はするがな」
無情に聞こえる、迷う様子なく口にされた、仲間の切り捨て。盗賊とはそのようなものなのだろうか。
「こいつらをどうするかも、考えなければならないな。いい荷物だ。利用価値がまた出てくるとすれば、竜を盗めた場合だからな」
「お頭、私は、竜は諦めてもいいと思うが。試みた、という事実はもうある。一度目はいざ知らず、二度目となると難度は桁違いとなってしまう」
「そうだとしても、やれるだけやるさ。面倒だが」
囁くような声で、頭と呼ばれる男は最後に何か付け加えた。祖国のために、と拾えたのは、正しいだろうか。
「ああ、そうだったな。失言だった申し訳ない。私も、君たちといるのならその辺りの考えを理解しなければならない」
「そうやって失言だとすんなり言うお前だから、ここにいるんだろう」
「頭、どこですか」
混ざった声は、部屋の中からではなかった。閉まっているドアの向こうからで、頭と呼ばれる男がドアを開いてみせた。
「ここだ」
「あ、頭」
「どうした」
「誰かが、何度も扉を叩いてきてます。止まる様子がなく、出るまで待つ様子です」
「服装は」
「特におかしなところはなく、街の住人に見えます」
「……念のため取り押さえられるようにして開けるか。ウェン、出るぞ。もう用はないだろう」
「ない」
そのまま、男たちは一人残らず出ていった。
鍵がかかる音がすれば、室内は再びディオンとアリアスの二人だけ。
「……まったく、突拍子がないことばかりで訳が分からない。どれが本当か、嘘か、冗談か」
ディオンが壁に寄りかかった。
「はい。驚きました。内通者、とか……」
名乗り、普通に会話していたかと思えば内通者にならないかと提案してきた。そうかと思えば、状態は振り出しに戻った。
「それに、最後の。竜を、また盗むつもりでしょうか」
「変な根性がある盗賊だ。根性と言うより、諦めが悪いと言うべきかな。竜の方はそんなに心配ないだろうけど……問題は牢の方かな。まあ、僕らがどうこう出来る状況にないから、騎士団を信じるしかないんだけど」
竜をもう一度盗もうと試むと思える会話をしていた。
心配になり、同時にもどかしくなる。その企みを知らせる手立てはないのだ。
だが、ディオンの言う通り、こうなれば騎士団が守りを固めてくれているだろうから、大丈夫だろう。
それにしても……。
「……ディオンさん、すごく、冷静ですね」
呟くと、壁にもたれるディオンは首をかしげた。その様子さえ、やはり落ち着いている。よくここまで平静であれるものだ。
「まあ、慌ててどうにかなるものでもないからそうもなる」
そう言えることが、すごいと思う。
元々表情が動きにくいとはいえ、訝しげにはしつつも、不安という類いの感情が全く見えない。
改めて思ったのは、さっきまでのことによる。この状態で、あれだけの問いかけの数々は普通できるものではないだろう。
本当に一人でなくて良かったし、すごいなぁとアリアスが見ていると、思うところが分かったのか、
「さっき色々聞いたのは、一つ目からして予想外にも意外とよく答えてくれそうだと思ったから、聞けることは聞いておこうと思っただけ。でも、役に立つんだか立たないんだか混ぜ物が入ったような答えをもらった気分でもある。一つ問題が出たとすれば、彼らの仲間の救出だ」
「牢の警戒のことですか?」
さきほども牢の方が心配だと言っていた。だから言うと、緩く首が横に振られる。
「それとは別のことだ。竜は絶対盗めない。仲間の救出は、可能性はあるとは思う。何しろ、優秀な魔法を使える者が混ざっているみたいだから。派手に逃がそうとせず、口封じだけならもっと可能性は高くなるかもしれない。……その場合、僕らの価値がどうなるかだ」
竜を盗めず、仲間の救出もしくは口封じが成功した場合。
「利用価値は当然なくなる。彼らがどういう方向性の集団かは分からないけど、微々たるものにしろ情報を喋って、僕らをどうしようと考えるかが問題――」
不穏な先までも、冷静に予測していたディオンの声が遮られた。
ガチャン、という大きな音がしたのだ。
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