第13話 牽制





 ガラスが割れた音と、バキッと木が折れた音がした。

 それも、この部屋から。

 ビクッと体が跳ねて、窓を見たが、カーテンが引かれているため、割れた状態は確認できなかった。

 しかし床には、多くの破片が落ちていた。ちょっと割れたのではなく、思いっきり窓全体が割られたと分かる量だ。

 一体、何が起こったというのか。

 ディオンよりは窓から離れているが、アリアスは思わず身を引く。ディオンはそちらを見はしたものの、微動だにしない。


 凝視している間にカーテンを避けて、手と、衣服を身につけた腕が突き出てきた。手はカーテンを引き、その向こうが明らかになる――。

 鋭い視線が向けられた。が、窓から現れた人物はすぐに目を見張る。


「ディオン先輩、と……。――隊長、連れていかれた魔法師二人がいます」

「何だと。侵入口に選んだ部屋にいるなんて、ついてるな」


 見慣れた制服、魔法師騎士団の団員がそこにいた。

 窓はやはり全体的に割られていた。

 周りに残ったガラスと、窓を十字に区切る木を取り除くやいなや、アリアスがぽかんとしているうちに素早く二人、団員が入ってくる。


「魔法師騎士団だ。一足先に救出に来た。ディオン=シャムと、アリアス=スレイで間違いないな」

「カーテンがあって良かった。怪我はないっすか?」


 怪我の有無は、カーテンがあり割ったガラスは飛ばなかったが、念のため確認したのだろう。

 アリアスはディオンと揃って立ち上がりながら、合っていることと怪我がないことを示すために頷いた。

 騎士団が、助けに来てくれた。


「ファーレルは無事?」

「竜っすね。大丈夫っす」

「そういう話は後だ。とは言え、とりあえず俺たちの優先任務は完了されそうだな」


 そのとき、にわかにドアの向こう側から声が聞こえた。すぐそこではなく、離れたところからの音は、声だけでなく物音が加わり、騒がしい。


「始まったな。奴らは警戒していただろうから、もう周りは囲まれているなんて知らずにあっちに目を向けてくれていただろうよ。――固いなこれ」


 ディオンとアリアスの拘束を解こうとしてくれたようだが、固く結ばれている縄に眉を寄せている。


「ナイフでも切り難いっすね。魔法で――」

「いや、無理に切ろうとして怪我させたら馬鹿らしい。このままで、まずここから出るぞ」

「はいっす」


 縄をどうにかするのは一旦中断し、ここから出るため縄が繋がった先があると目を留めたようだった。縄は、ドアノブに続いている。

 アリアスの前にいる団員が腰に下げていた剣を抜くと、刃に魔法の光が走った。

 どちらがディオンとアリアスのどちらのものか分からない縄を二本両方手にし、切れ味の増した刃はいとも簡単に縄を断つ。一本目、すぐに二本目……と、切れた瞬間だった。

 窓が割れたときの比ではない破壊音が立てられ、ドアが吹き飛ばされた。


「――!」


 縄を切っていた団員にドアが直撃した、かもしれない。

 とっさに目を瞑ってしまったアリアスは、何が起こったか目で確かめる前に手首を拘束しているものが強く引っ張られ、転ばないように足がそちらに動く。

 そして、何かにぶつかり、首を掴まれた。


 気がついたときには。


「おかしいと思って戻ってきてみたが、正解だったのか不正解だったのか、この状況じゃあ微妙だな」


 前方には、騎士団の団員とディオンが見えた。

 声は背後から聞こえ、引き寄せられている後ろにいる誰かに、背中が接していた。

 この声は……。聞きなれたものではないから、すぐに誰だとは判断できなかった。


「人質は、本来こんな使い方をするものだったよな」


 だが、状況は分かった。

 前方に、見るからに立場を分からせるように、首もとに突きつけられたものの冷たさ、鋭さは間違いなく刃物だった。

 つまりこの状況は、正真正銘の人質となってしまった、ということだ。


 吹き飛んだドアは、目を閉じる直前に見た通り団員の一人にぶつかったようだった。

 縄を切っていた団員が、荒くドアを退けていた。

 吹き飛ぶくらいだ。おそらく、単に蹴破っても蝶番まで全て簡単に取れると考えるのは難しいので、魔法で飛ばした。

 誰かが侵入したと分かっていたように、向こうにいる者までまとめて吹き飛ばそうとしたがごとき威力だった。

 団員がその位置から下がることもなく済んでいるのは、とっさに腕でドアから身を守っただけでなく、魔法で防護した結果であろう。

 怪我をした様子はない。


 役目を果たさなくなったドアが床に落ち着き、音がなくなれば、空気が張り詰めたとよく分かった。

 肌で感じたのでもあり、前方に見えた表情で感じたことでもある。

 アリアスはまだ拘束されており、手の自由が効かないどころか、ナイフを首に触れさせられており、動けない。

 また、前方では騎士団の団員も、人質が取られ、容易には身動きが取れなくなり、険しい顔でアリアスの方を――アリアスの背後を睨んでいた。


「その制服、魔法師騎士団だな」

「……その通りだ」

「人質は動かない方がいいぞ。傷は負いたくないだろう」


 後ろにいる人物を見ようと目だけで見上げようとしたが、頭も動いてしまったところで、言葉と共にさっきより首に当たる感覚がわずかに強くなった。

 それでも、皮膚は破らず、本当にギリギリの力加減がされている。

 アリアスは大人しく目を前に戻した。

 背後にいるのは、例の頭と呼ばれている男だ。ウェン=バトスではない。


「持っている剣を……置かせても魔法が使えるならあまり変わらないか。まあいい。妙なことは考えるな、この女の首を切られたくはないだろう?」

「何もしない。危害を加えるのは止めろ」


 団員は持っている剣を床に置いた。魔法が使えるとはいえ、それは武器だ。本気だと証明するために、置いたのだ。


「こんなにも早く突き止められるとは思ってもみなかった。半日も経っていない。どうやって分かった」

「俺たちにはよく分からないやり方で突き止めてくれた人がいるだけだ。……俺は人質を解放して、投降することを勧めるぞ」

「何?」

「正面から玄関を訪ねた方とぶつかり始めたのは分かっているだろう。それだけじゃない。周りはもう囲んでいる。お前たちが逃げられる隙はない」

「……なるほどな」


 誰かが来たと、呼びに来られていたことを思い出した。あの時点で、すでに騎士団によるものだったのか。


「本当に、念のため戻ってきたのが正解だとは言えないな。ここで人質を取っても、時間を食うばかりだ」

「それなら」

「そんなことは、こうしている間にこっちの方がよく分かっている。まったく、計画崩れも甚だしい」


 心底苦々しげな声は、舌打ちでもしそうだった。


「……ウェンの方が一度玄関の方を蹴散らして、俺がこっちをどうにかすれば、ある程度は逃げられるか……」


 だが、アリアスだけに聞こえた呟きは諦めていないもの。

 騎士団に囲まれても勝算があると考える理由は、この男とウェン=バトスにそれくらいの力があるということか。


「……魔法具、どれくらいの奴が持ってたか……」


 二つ目の呟きが聞こえている途中のこと、どこかで凄まじい音が聞こえた。

 建物のどこかでということは分かるが、ここではないのに、こんなにもはっきり聞こえるとは何の音なのか。

 ドアが破壊された以上の力が働いている。

 さらに、間髪いれず、ますます大きな音が、建物全体を揺らすほどの振動を伴って響き渡った。

 アリアスがいる部屋の床も揺れ、足元が少しだけ覚束なくなり、物置とされていた部屋の、色々置かれているものが床に落ちる。

 振動は数秒で無くなり、建物全体に届く轟音も止まった。


 心なしか、静まり返った気がした。この部屋だけでなく、建物内、全てが。

 どこで、何が起こったというのだろう。見えない場所で、先程の音がするような、どれほどのことが起こったのか想像できない。

 アリアスは戸惑う。何が起こったかは知りようがないが、どちらが起こしたことかによっては、大丈夫だろうか。


「……これ、この家大丈夫か?」


 最初に声を発したのは、団員だった。

 確かに。建物自体、どこかが破壊されたような音だった。壁が崩れはじめてもおかしくはない、と思ってしまった。

 そのとき、偶然首に当てられているものがさっきより弱くなっていると気がつき、わずかに背後の男を窺う。

 男は、きつく眉を寄せていた。考え込んでいるのか、手元が疎かになっている。


「止めておいた方がいいと、思う」


 ぽつり、と次に声を出したのもアリアスの後ろの男ではなく、向こう側にいるディオンだった。

 団員に後ろに庇われていたディオンは、建物が揺れてゆっくり辺りを見回していたかと思うと、アリアスの背後に視線を定めて提言しはじめた。


「彼女を酷い扱いをしていると、後で私怨で倍酷い目に遭うかもしれない」

「いや、団長は私怨ではどうこうしないっす……しない……っす」

「どのみち、逃げられないと思った方がいい。ここに来たのは、『倒すのが簡単な』牢番じゃない」


 静かにそれだけ言って、ディオンは口を閉じた。

 場に、また誰も動かず、喋らない静けさが生まれた。それも、少しの時間だった。

 破ったのは、今度はアリアスの背後の男だった。

 ナイフが、完全に首から離れた。

 アリアスは思わずびっくりした。これは、観念したのだろうか。


「そうみたいだな」


 聞こえた言葉も、観念したように捉えられる内容で。

 首を捕らえていた手もなくなった。


「教えてくれて感謝だ。――おかげで、もはや俺一人でもここから離れ、立て直した方がいいと分かった」


 しかし、次に聞こえた言葉は、諦め、投降しようとする言葉などでは全くなかった。


 違う。諦めたのではなかった。

 アリアスが、もう目だけでなく顔全体を向けて見た男は、余裕ありげに笑ってはいなかったが、諦めた目をしていなかった。

 まだ、諦める必要はないのだ。手段が残っている。

 ――彼らは、空間移動の魔法で竜を盗もうとしたのだから。

 連れていっても役に立たないアリアスは、その直前に完全に身を離された。

 直後、魔法が、使われると分かった。空間移動の魔法、この場から姿を消すための魔法だ。


 空間移動を使える魔法師が何人もいるとは思えないが、少なくとも一人はこの男だった。

 アリアスは連れて行かないように、しかし邪魔はされないようにとギリギリまで盾にして、その男は魔法を使う。

 団員は、阻止できない。アリアスがいるから魔法ではもちろん、距離も間に合うかどうか微妙だ。

 最も近くにいるアリアスもまた、魔法封じのせいで魔法は使えない。かといって、体当たりするなどすることは、正解と言えるのか。

 何にせよ、一歩あれば十分な距離に、体は動かなかった。

 逃げてしまう――。


「ここにもまだいやがったか」







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