第11話 目的とは
どれほど、時間が経ったのだろう。
壁によりかかって座ったままのアリアスは、若干の寒気を感じた。
それに、服が濡れてしまったのでちょっと気持ち悪い。一度倒れていたからだろう。時間が経って生乾きくらいのようだが、ぺったり肌についた布を浮かしたかったりしても、手が動かせないため余計に不快に感じるのだろう。
隣ではディオンも同じことを感じているのか、濡れたマントが億劫そうに身動ぎした。
変わらず後ろ手に縛られたままで、もちろん逃げられてはいない。
鍵がかけられた部屋には誰も入ってくることはなかったが、部屋の外からは時折物音が聞こえていた。大抵は足音で、通りすがりの声が聞こえても内容までは拾えない。
「……魔法師盗賊団ということは肯定されたけど、盗賊が竜を盗んだとしてどうするつもりだったんだろう」
先輩はここに自分たちを連れてきた者たちについて考えていたらしい。ぽつんと滴が落ちるような呟きだった。
「自分たちで手懐ける、とかでしょうか」
「普通に考えるとそうだろう。だけど盗賊が竜を手懐けてどうするのか、面白半分で竜を手懐けようと盗みを画策するには成功率が低すぎることだ。それに、大きいから犬や猫を連れるようにとはいかない」
「……そうですよね」
何者だと全く正体が分からなかったときには、何の目的で、何のつもりで、何をしようとしているのかという考えが駆け巡っていた。
けれど盗賊団だと分かって、竜を盗もうとしたのだとは分かれども、考えてみると、「なぜ」は分からないのだ。こうして望まずのことながら時間ができて、ゆっくり考えられる。
盗賊が、竜を盗む理由とは。よくよく考えると、ディオンが指摘した通りの疑問点が出てくる。
「そもそも、竜を盗もうとする人たちなんてこれまでにもいたんでしょうか」
「他の国がね」
聞いて、あ、そうかとアリアスは改めて実感した。
竜という身近にもなっていた存在が、どれほど力を持ち、希少で、他の国にはいないということ。
竜はこの国でも特別な存在だが、他国にも特別に映る。グリアフル国を妬む国には、強い竜を欲し、奪おうとする国があるという。
過去に、竜の卵が来たという情報がどこからか洩れ、あわや盗まれるというところまでいったことがある記録が残っているとか。大分昔のことだ。
「卵であれば抵抗も何もありませんよね。…………まさか、最初からファーレルを狙っていた、ということでしょうか?」
「十分にあり得ると思う」
襲われたのは子どもの竜だ。体、力、何を取ってもまだ未熟な竜。
「竜が闘技場に行くことは、隠せていたことじゃない。時間帯も決まっている。城にいれば、知るのは難しくはない」
竜は最近は毎日のように闘技場に行く。そこを狙ったと考えられる。
彼らは魔法具も用意していた。そもそも竜を狙うとすれば計画は不可欠だろうが、どの竜でも良かったのではなかった。
最初から狙われていたのは、竜――子どもの竜なのだ。
全ては計画されたことだった。計画は失敗したようだが。
「そこまでするのも他の国が、と言うのなら納得できるんだけど」
「盗賊団というのは嘘、ということは」
思わず、アリアスは壁から背を離した。
「分からない。どちらでもいいというわけではないにしても、竜を狙ったことに変わりはない。……でも、他国が絡んでいるとして、魔法が使える盗賊のようなものに見えるのは間違いないし、やっぱり本当に盗賊なんだろうか……」
ディオンは思考を纏めるように、視線を下に、ぶつぶつと呟きを重ねていく。やがて、完全に聞こえなくなった。
アリアスも何だかこんがらがってきた考えを頭に、背を壁につけ直す。
竜を狙おうとすること自体、理解できる思考ではないが、盗賊がそこまでして竜を盗もうとする訳を考えてみると不可解かもしれない。
そういえば、空間移動の魔法を使える魔法師が使われたと分かったとき、一体何者だと不審感は大きかった。
でも、魔法師盗賊だと肯定されると、一旦納得してしまったわけであって……。
カチャ、と小さな音がした。
音がしたのはドアの方からで、顔を上げて見ると同時だった。
さっき聞こえたのは鍵を開ける音だったのだろう。ドアが、開いた。
「ああ、確かにいた」
入ってきた男は一人、薄い茶の目で床に座るアリアスとディオンを見つける。顔に覆いはされていない。
……たぶん、服装や目付きからしてあのリーダーだったような男ではない。すでに会っている者かどうかまでは、判別がつかなかった。
男はドアを閉め、アリアスたちの前に来る。物置らしい部屋の中で、何か探すでもなく、こちらを見ている。
表情はあまり読めない。何の用だろう。アリアスに警戒心が生まれ、じっと見上げる。
「麗しき祖国の魔法師に会うのは何年振りだろうな。私はウェン=バトス。ここ、グリアフル国出身で指名手配されているらしい魔法師だ」
「指名、手配……?」
名乗られた名前に聞き覚えはない。いきなり名乗られたことに怪訝になる前に、続けられた言葉に意識を持って行かれた。
指名手配、耳慣れないが、知らない言葉ではなかった。アリアスは、さっと視線だけディオンにやった。
ディオンもまた男のことを見ているが、表情は動いていない。
グリアフル国で、指名手配されていると聞こえた。
道を外れた魔法師とは、大なり小なり何か危険な行いをしたり、害をもたらす魔法を使う者のことを言う。
そういった者たちは全て捕まえるべき対象とされ、例外なく指名手配されている。
危険人物という言葉が浮かぶ。
アリアスが改めて見た男は、次は自然に手を差し出してきた。
何だ、と思っていると首をかたむける。
「そうか、縛られているのだったか」
手は、すっと引っ込められる。
……まさか、握手?
心の底からまさかと思うが、何をするでもなく引いたので、そんな理由が思いついた。
しかし、何をしに来たのだろう。わずかに緊張を覚えはじめる。
「あなたは、この国の魔法師なのか」
にわかに、ディオンが問いかけた。
「生まれた国、魔法を学んだ国ではあるが、私はこの国に所属する魔法師ではないな。愛国心も欠片もない」
男――ウェン=バトスと名乗った男は淡々とそう答えた。
「魔法師盗賊団とは、グリアフル国出身の道を外れた魔法師で構成された集団なのか」
「魔法師盗賊団……そういえば、一部でそんな噂が出てきていたとか聞いたな……。なるほど、城にまで届いていたか」
腕を組み、視線を宙にやった男は「噂としてでしかないが、タイミング悪くも広がったのは誤算ではあったな」とか何とか呟いている。
アリアスはちょっと戸惑う。緊張もしているが、ウェン=バトスの様子と言おうか、対する態度が掴みようがないと言うか……普通に受け答えがされているからだろうか。
会話が、普通に成り立っている。
あまり、盗賊と言うには似つかわしくない様子と言おうか……。
問うた側のディオンも同じようなことを感じているのか。答えが返って来ないことが前提だったのだろう、探る目を向けている。
「この盗賊団がこの国出身の者で構成されているのか、だったな。心配無用だ。この盗賊団にいる、グリアフル国出身の者は私一人だ」
また一つ、生真面目に答えが返ってくる。
構成員は一人以外、グリアフル国の者ではない。つまり、他国の者。
盗賊団であることが再度肯定されたのだが、さっきディオンと話していた内容が頭を過る。
この男の発言は、信じるに足るものなのか。そんな判断、互いの立場上判断できるはずもない。
ディオンは、発言を吟味しているようだ。
「……どうして、竜を盗もうとする」
ディオンが正体云々はもう尋ねず、しかしまた異なる方向のことを口に出したので、アリアスはちらりと男の方にまた視線を移す。
先輩が投げかけたのは、疑問の根幹の一つだった。率直すぎて、息を詰めて見上げた。
だけれど、男はここまでと同じように、片方が縛られているとは思えないくらい、普通に受けて、考え込む仕草をする。
「どうしてか……そうだな」
時間は、十秒ほどだった。
「竜を食べると、万病に効くとかいう話があるらしいな」
「食べ――」
アリアスは聞いたことをそのまま口に出しかけて、言葉を失った。
信じられないことを聞いた気がして。とんでもないことを言われた気がして。
「ただ、これは竜の姿も知らないような遠方の国での考えのようだが」
「……じゃあ、それを信じているわけではないはずだ」
「嘘だと?」
「本当であるはずがない」
「試してみたのか? 大事にしているなら、試していないだろう。では確証はないはずだ」
「試していないのであれば、そんな効力がある確証の方がないはずだ」
間髪入れず返す先輩の声には、今度こそ気のせいではなく、怒りが籠っていた。表情も険しい。
「後はそうだな、竜はこの国にしかいない世にも珍しい生き物だ。剥製にでもして飾りたい奴もいるのではないか?」
続けて言われたことに、アリアスは目の前が真っ赤になった気がした。
――何ということを、言うのか
理解ができるはずもなく、言葉さえ聞いてはおれど、正確に飲み込みきれない。
「……何を言っているのか、分かって、いるんですか」
声が震えた。原因は、紛れもない怒りだ。
「僕も同じ事を言いたいね。……グリアフル国出身であるのなら、竜の存在がどういうものか分かっているはずだ」
「特別で、大事なものであると? 国を出た時点でそんなものたかが知れているとは思わないか」
ウェン=バトスは、様子変わらず、ゆっくりと首をかたむけた。
「盗賊というのなら……売るつもりで、竜を盗もうとしたというのか。そんな、馬鹿げたことのために」
「事実と取るかどうかはご想像にお任せする。竜を盗もうとしていることは真実だからな」
竜を盗もうとした者たち。正体は複数回に渡り、盗賊だと認められた。
そして竜を盗む目的はと聞くと――食べると病の特効薬になるから、剥製にしたがる者がいるかもしれないから。
こちらをからかい、惑わせようとしている嘘だとしても、それは「冗談」にしてはあまりの言葉だった。
普段、竜と接しているからこそ、現在竜を育てているからこそ。
そんな目で竜を見る者が遠い国にはいるのかもしれないのだということに対しても、どうしようもない感情が入り乱れた。堪えるために、手を強く握りしめた。
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