第4話 こういう時期





 アリアスは竜に関わる仕事と医務室を兼任しているので、医務室に全く来ない日が稀にある。それは他にも同じ人がおり、勤務予定も組まれるわけで誰もが知る当たり前の事実。

 だが、そういえば今はこういった季節だ。


「アリアスさんが昨日いなかったのって、竜のお世話もしているからなんですね」


 興味津々な視線をいくつも向けられて若干対応に困る。

 朝と昼の間の時間、外にある広い薬草畑で薬草の水やり含め手入れの合間に休憩に入ったところだった。

 話しかけてきたのは数人の後輩。後輩とは、今年魔法師となりやって来た同じ職場の後輩という意味でもあり、学園での後輩という意味でもある。

 アリアスは学園へは途中編入とはいえ、学年間の合同授業は科選択のあとの専門的な授業や実習で上級生が監督、指導に当たるときがあるので、一年上の先輩や一つ下の後輩とは関わったことがある。他にも催し事もあり、学年間に関わる機会が与えられていた。

 ということで学園に通っていた年数は短かったアリアスだが、周りにいるのは見たことがあり、また名前も知っている後輩たち。


 どうやら昨日、アリアスがいなかった事情を誰かから聞いたらしい。


「竜って子どもの竜のお世話ですか?」

「この前生まれたって発表されたばかりなんですよね」


 竜が生まれたことは、城内外問わずの噂の的だ。

 とはいうものの、子どもの竜のいる建物は相変わらずの関係者以外立ち入り禁止区域だが、野次馬で見に来ようなんていう人は今のところ目立つくらいにはいないようだった。

 医務室全体で集められた際に近づかないようにと言われたので、他の場所でも注意事項として提示され、守られている証拠だ。

 その一方で、こうして子どもの竜のことを聞かれるのは、発表があってからはじめてではなかったりもする。姿が見られないのであれば、聞く方に回るのは当然の流れと言えるだろう。アリアスは主に同期からの質問に遭っていたのだが、現在目の前にいる五人の後輩たちの目はきらきら輝いていることこの上ない。


「どれくらいの大きさなんですか?」

「小さいんですよね?」

「……あ、もう小さくはないよ」


 そこだけはすんなり答えられると、後輩たちは「そうなんですか?」と目を丸くした。おそらく小さくないと言われても、どんな大きさかは具体的には想像できないのだと思われる。

 どのみち小さいと想像する大きさは越えてしまっているのは確実だ。


「子どもの竜って竜のお世話している人しか見られないんですよね。すごいなぁ」


 細かく言うと、建物内には騎士団の団長だったりと入ることが出来る人たちは他にもおり、最近ファーレルは闘技場の方にも行くので見ようと思えば見られる可能性があるにはある。すごいとは何がすごいのか不明だったので、「元々竜は多くは騎士団の人しか接することはないからね」とだけ相づちを打った。


「わたしもお世話したいな。アリアスさん、竜のお世話って配属先にあるんですよね? 希望制ですか?」


 医務室勤務もしているアリアスが竜の方にも携わっていることで、配属先にあると認識してしまっているらしい。あると思っても間違いではないだろうか……。ただし希望制ではないことは言える。


「希望制ではないみたい」

「そうなんですか?」

「うん。私もその辺りは詳しくは分からないんだけど……」


 判断を下すのはアリアスではなく、詳しい判断基準もそんなに知らないので不確かなことは言えない。


「じゃあどうやってなるんですか?」


 心底不思議そうに、首が傾げられる。


「なりたいの?」

「うん。だって竜に関われるんだよ?」

「でも竜ってちょっと怖そうじゃない?」

「というか、竜って見たことある?」

「私はない。飛んでるところ、見たことあるくらい。どれくらいの大きさなのかな?」

「絵で見たことはあるわ」

「子どもの竜はいいけど、大人の竜は怖そう」

「でも竜に関わるってカッコいいよねー」


 怖そうと言う人もいれば、実際そんなに近くで見たことがないのでどのようなものなのだろうかと想像を膨らませる子。それぞれだ。

 去年はどうだっただろう。……そもそも、竜のことは医務室は関係ないと思っていたからここまで話題には上らなかったのだったか。半年過ぎた辺り、正式配属の前に竜を見ることになって、半狂乱の状況が出来上がった記憶が朧気にある。

 竜は怖い、というイメージがついたことは間違いないので、実際そういった危険性はあるにしろあのやり方は止めた方がいいのではないだろうか。確かに竜が怖いとイメージがついたところで、医務室勤務であれば竜に近づくことはないので何も支障はないはないのだが。

 いずれ来る時のことは言えず、アリアスは後輩たちの会話を聞いていた。

 やがて話を切り上げて、友人の元へ戻ることができた。


「イレーナ」

「遅かったわね。どうしたの?」

「うん、ちょっと」


 濁したけれど、イレーナには分かったらしい。「あの子たちにとっては、アリアス以外には聞けないことだものね」と内容まで推測してみせた。


「あっという間に広がるから、違う子たちにも捕まるわよ」

「それは今は少し、遠慮したいかも」


 同じ話題で捕まるのが嫌なのではない。


「話なら何度でもするけど、複数人で来られると流れに飲まれてぎこちなくなっちゃうから」

「そこなのね」


 さん付けして呼ばれ、敬語を使われて。年上の扱いをされて、見られる。事実なのだが、そうするとアリアスも相手は年下だという見方を意識してどう接するべきなのか迷う。

 年下の子と話すのは、元々馴染みが薄くなっていたところがあった。小さな頃、故郷にいたときはそうではなかったはずなのに、学園に行く前まで城にいた頃は周りは大人ばかりの生活だったからかもしれない。それでも学園に行って一年下の生徒とは関わる機会もあり、一度は慣れていたはずが……卒業してまた一年ぶりとなって鈍っていたようだ。大分戻ってはいるけれど、複数人対一は流れに飲まれる。元々ああいう質問攻めめいたことが苦手だからかもしれない。


「話しかけられるのは……覚えてくれてるものなんだって思った」


 ぼんやりと、学園でも関わりのあった彼らがやって来たのだとは認識していた。しかし最初に仕事を教えたりするのは二年目のアリアスたちではなく、もう少し先輩の人であった。あまり話す機会はないだろうと思っていたから、名前を呼ばれて話しかけられて少し驚いた。


「そういうのは、嬉しいな」


 それに、毎年後輩が入ってきて、学年で区切られていたときとは違う形で関わっていくのだと思うと何やら不思議な感じだった。



 昼休憩になり、医務室に戻ると紺色の制服が多い印象を受けた。


「今日もそれなりに多いわね」

「うん」


 今の時期、騎士団が休憩に入ったり、その日の訓練が終了すると新人団員がたくさん来る。どんなに小さな傷でも怪我は放っておかないようにとされており、特にこの時期は訓練についていけない新人が運び込まれることもあるほどなのだ。

 休憩時間は限られている。医務室側も、団員を待たせることのないように増員して対応することになっている。

 アリアスも昨日、臨時枠に入ったばかり。

 治療する部屋はそれぞれ軽傷者とその他に分けられている。その他とは重傷者を含めるのだが、まさか訓練で致命傷ともなり得る深い切り傷を負ったりすることはないので、意識を失う、骨折などだ。


 騎士団といえば、学園からの進路としてはもちろん騎士科から。騎士科となるとアリアスも騎士科の授業の一部に参加していたこともあり、日常でもそれなりに関わる機会はあった。

 医務室に来た面々のほとんどは新人団員。見た顔もあった。増員のかいあって、毎日それほど時間をかけずして医務室は怪我人を捌ききる。

 そういうわけで、団員多めな時間帯で中へと進むアリアスとイレーナは反対に出入口方面へ行く団員とすれ違う。知っている人だろうか。何気なく見ると、鳶色の目もこちらを見るところで、向こうが足を止めた。


「どこかで見た顔ね」


 イレーナも足を止め、アリアスも立ち止まる。イレーナが呟いたことで、あちらの視線は彼女に向く。


「あれ? イレーナ先輩じゃないですか」

「わたしがいることには今気がついたわね。いいわ、思い出した。レオンだったわね、確か」

「確かって……覚えておいてくれたのは光栄なんですけど、確信持ってくれると嬉しいです」

「学年が違って騎士科だったから仕方ないわ」


 イレーナが軽くあしらった。


「行事関係でそれなりに話したときがあったはずなんですけど、いいです。イレーナ先輩は相変わらずですね」


 金に近い色の茶色の髪をした団員が、そこでまたアリアスを見る。


「アリアス先輩」


 アリアスのことも先輩と呼び向き合った団員――レオンは「お久しぶりです」とふわりと笑顔になった。


 なるほど、見た顔である。魔法師騎士団の制服を身につけた彼は、学園での一年下の後輩。主に授業で、時折今のような学園での休み時間で声をかけられたりと関わることのあった後輩であった。


「久しぶり、レオンくん」


 服装が変わると雰囲気が多少なりとも変わるもの。見たことのある顔だと分かりつつも、理解に一瞬の時を要していたアリアスは、イレーナと会話している内にそういえばと、そうか彼もかと改めて思い出した。

 一年振りのはずが、笑顔が全く同じなので不思議な気分になる。


「アリアス先輩、騎士団の医務室だとは知ってたけど今会えるとは思ってませんでした」

「そうだね。医務室って言っても騎士団は怪我することがなければ来ないから……レオンくんも怪我?」

「いや、おれは捻挫したやつの付き添いで来ました」


 自分が怪我をしたわけではなく、同じ騎士団所属の団員に肩を貸して来たらしい。


「さすが主席卒業ね。まだ医務室いらず」

「主席だったの?」

「そうみたいよ。この前ウィルに聞いたわ」


 ウィルとはアリアスとイレーナの同期の騎士団団員だ。主席となると期待されることもあるからか、情報はこうして広まるらしい。

 成績が良かったことは何となく知っていたが、主席卒業は初耳だった。正直にすごいなと感想を抱いたアリアスが「すごいね」と言うと、レオンは照れくさそうな笑顔になる。


「今さらだけど、おめでとう?」

「ありがとうございます。嬉しいです。まあでも学園卒業してみると、主席取った実力も大したことないって実感させられました。恥ずかしいんですけど、先輩方と全然レベルが違って」

「恥ずかしいことじゃないよ。今の時点で差があるのは当然のことだと思うから」


 思わず否定した。

 一年の差もあれば何十年の差もあり、そのどれもが新人にとっては大きな差であることは間違いない。

 これ、去年は同期が言っていたなとアリアスは思い出した。

 騎士団の訓練はそもそも学園とは厳しさや度合いが異なるようで、去年同期が医務室に来ながら遠いところを見るような目をしていた。こうして同じ道を辿っていくようだ。


「そうですか?」

「うん」


 アリアスは真面目に頷く。そこは恥ずかしくとも何ともないことなのだ。きっと一年二年と慣れていくと、先輩に混じっていける人もいるのだろうと思う。


「そっか……そうですよね」


 レオンは小さく呟き、「アリアス先輩、変わりませんね」と言われる。

 変わった自覚はないが、変わっていないと言われるとどことなく微妙な気持ちになる。成長していないと言われているわけでもないのに。


「なんか、嬉しいです」

「嬉しい……?」

「はい。あ、そういえば今先輩たちも休憩の時間ですよね。すみません、時間取っちゃって」

「それはお互いにだから、気にしないで」


 昼休憩は有限だ。ばったりと会ったために、再会して間もないが別れることになる。


「あ、アリアス先輩」


 元の通りにすれ違いかけたアリアスは、ちょうど横を見る。


「会えて嬉しかったです」


 在学中でも爽やかだと評判だった後輩は、爽やかな笑顔で自然にそう言って去っていった。


「思い出した気がする」

「……忘れていたのに今まで話していたなんて言わないでよ?」

「そういう意味じゃなくて、ああいう感じの子だったなって」


 思い出したのだ。


「それだけ?」

「うん」

「わたしはこの前マリーがレオンに会ったって言って思い出したのは、――レオンって学園にいたときに、アリアスに告白してたわよね」


 確かに、そういうこともあった。


「それってもう一年以上も前のことだよ」


 そこから一年開いているし。と思ったアリアスが意味がとれずに言うと、イレーナは「一年って意外と早いわって今日改めて思ったわ」と言った。








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