第42話 全てはそっと、そのままに




 数日前の牢でのサイラスの真実。

 なぜアリアスを傷つけたのかと不可解だったものの正体、及び他の不可解な行動もサイラスに混ざる魔族の性による影響……と考えられる。

 サイラスが人を殺したのは盗賊の類のみで、彼の師や騎士団からの追っ手は殺してはいない。理性が辛うじて働いた結果だとして、果たしてそれがどこまでもつか、それとも落ち着き理性が勝っていくのか。

 彼の処遇はまだこれから。起こしたことを裁かれるのもこれから。とはいえ、死を以て罪を償う可能性は低い。

 だがその正体を考え見て、どうするべきか。


 何よりも、アリアスがその正体を知ればどう思うか。ルーウェンはそれが気がかりであった。傷つけた理由が魔族の性ゆえであると知れば、サイラス自身が苦しんでいる様子があることから彼自身の意思ではないと捉えるのなら、少しは救われるだろうか。

 どのみちアリアスには言わないようにとなったから当分は心配ない。


「ルー」

「はい」


 会議の後、師の部屋に共に歩いて戻って来ると、珍しくも歩いてここまで戻ってきた師はこのところ連続する唐突な事を聞いてくる。


「ゼロは幾つだ」

「……? 二十六です」

「サイラスは」

「二十八だったかと思います。……それがどうかしましたか?」


 とりあえずは続け様に答えていたルーウェンは首をかしげる。ゼロとサイラスの歳を聞いてどうするのか。

 ソファーに身を沈めた師は、頬杖をついてルーウェンではないあらぬところに視線を向けている。


「お前はこんなにも同時に魂が混ざっているのは、偶然だと思うか」

「こんなにも、とは」

「ゼロにしろサイラスにしろ……」

「そうではないと仰るのですか?」

「俺は今まで稀な事が起こるとしか考えていなかった」


 床を映す紫の目からは何も読み取ることは出来ない。


「あったとしても偶然など一つ。この世に同じ種類の偶然はいくつも同時に起こらないものだ」


 そして「力ある魂の巡る場所には意味がある」と、いつか口にしたことを師はぽつりと呟いた。


「お前の魂が巡ってきた理由があるようにな」


 師が何を考え、何を指し言っているのか。分かっているようで、ルーウェンが掴めているのは表面でしかないだろう。

 彼がどこを見て何を思うか、彼の深きところを知らないルーウェンには分からない。

 けれど師にはそれ以上語ろうとする意思はないようだった。つまりは今は問題はないのだとルーウェンは解釈する。


 それまでの話が一区切りついたと見たことで、師匠、とルーウェンはジオに呼びかけた。

 ジオが顔を上げ、目が、立っているルーウェンを捉える。


「アリアスが、生まれた竜になつかれているそうです。それも、急に」

「……そうか」


 師は再び目をどこかへやり、思考を沈ませはじめたと感じたルーウェンは部屋を後にした。



 *



 騎士団所有の主に執務のための建物に行くと、灰色の髪を持つ男の後ろ姿を見かけた。


「ゼロ」

「――よお」


 振り返り止まったのは、ゼロ。

 会うのは数日前の牢以来。サイラスの件を担当していたゼロは戻ってきてからずっとほぼかかりきりになっていたが、その件への直接の関与からは離れることになっている。

 ルーウェンの姿を認めた彼は若干首をかたむけた。


「ここで見るの、久しぶりな気がするぜ」

「気がするだけだろう、ここには来ていたからなー」

「そうだったか?」


 まあ会わなかったかもしれないのでそのせいだろう。

 廊下の先へ行こうとしていたゼロは、どうも執務室へ引っ込む途中のようで小脇に束となった書類を抱えていることに気がつく。気がついたことに、ゼロの方も察する。


「お前、処理待ち書類今までにないくらいになってんだろ」


 ルーウェンが城のとある一室に籠ってひたすらに引き継ぎ書類を作成していたときがあった。少し前のこと。

 だからといって団長であることには変わらず、騎士団の最終的に上まで上ってくる書類は来る。それも団長のサインがなくてはならないものがあり、副団長が代わることは出来ない。

 加えて地下の封じのあと私室で安静にしていた期間も合わせるとそれらが見事に、今までにないくらいに溜まっており――といってもルーウェン史上で今までにないくらいでありそこまで溜まってはいない――ゼロが見透かしているように言ったのはそのことだ。

 にやりと笑って指摘されたことに、「まあな」とルーウェンは苦笑した。平行してやろうと思っていたら、思うようにいかなかったのだ。

 無意識にはとんでもない精神状態だったのだと全てが終わって、冷静に省みると分かる。いつもであれば出来ていたことが、いつものようには出来ていなかった。別のことに気をとられていて、そのことに気がついてもいなかった。


「頑張って作っていた引き継ぎの書類も全部無駄になったしなー」

「書類が無駄になってこれだけ笑えることもないだろうぜ」

「そうだな」


 その通りだ、とルーウェンは今度は苦笑ではなく笑った。

 自分は本当に幸せ者で、幸運だと思う。これだけ幸運を噛み締めることもないだろう。

 地下の、結界魔法による柱は完全に形作られた。塞いだ境目は開く様子はないことを始め、これまでのところ異変は見られない。

 簡素な部屋で、顔を合わせた目の前にいる同僚であり友人が言ったことを思い出すと、あんなことを言ってくれる友人もいるとは恵まれているなと染々思いはじめる。

 そうやってルーウェンはにこにこ笑っていたのだが、


「なあルー」

「うん?」


 さっきまでとは裏腹にゼロに笑みがなくなっていた。

 纏う雰囲気までもが変化したことに気がつかないルーウェンではない。つられて真剣な顔になりつつ、様子を窺う。


「俺があの部屋に行ったとき言ったよな。お前――」

「ゼロ」


 ルーウェンはほとんど反射的にゼロの言葉を遮ってから、改めて彼が言わんとしていることに人差し指を自らの口の前にあて静かにというような仕草をする。


「そのことはこのままで、ずっと。それでいいんだ」


 緩く悲しそうな笑みを浮かべ、ルーウェンは首を横に振ってそれを要求した。



 ――全てのことには、理由がある














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