第14話 彼らの思い
サイラス=アイゼン。
幼き頃身寄りがなかった彼は一人の魔法師に拾われたために魔法師の道の一端を歩みはじめた。その結果として魔法師としての才覚を表し、ゆくゆくは最高位にその身が収まるのだと噂が立っていたほどだとか。
だが約六年前、サイラス=アイゼンは師にも誰にも何も言うことなく姿を消し消息を絶った。はじめはその内戻ってくるだろうと思われていたが彼は戻って来ず、何年もどこにいるかも分からない状況であった。しかし――突然その目撃情報が出てきはじめ、足取りが掴めはじめる。それも良くない情報だったために、目的が知れず行動がエスカレートする前に連れ戻す算段がつけられた。
この世には正しく魔法を使う、必要なときに人のために魔法を使う魔法師だけがいるのではない。残念ながら私利私欲、そこらの盗賊などに混ざり魔法を悪用する輩が存在する。彼らのような者は『道を外れた魔法師』と呼ばれ犯罪者に当たる。
かつて天才と呼ばれ将来有望とされた男もそうならない可能性が全くないとは言い切れなかった。ゆえに、強制的に帰還させられることになりそれは成功した。
しかし。
今回、魔法封じをどのような方法でか破り師を襲ったと見られ一人の魔法師に怪我を負わせて姿を消したサイラス=アイゼン。
すぐに人手を放ち探されていた男の行方が判明した。六年振りと思われる強制帰還の際の情報と同じく――残虐な行いで場所が割れた。その上、追っ手が殺されかけた。彼らは白の騎士団選り抜きの者たちだった。
天才。その名に相応しい魔法力を所持しているだけでなく戦闘センスがずば抜けている男。
書類上の情報と聞いた情報、実際に見て感じた記憶を合わせて思い起こし歩くゼロは軍服の上に防寒具を身につけた姿。
歩いているのは竜の降り立つ訓練場の建物内であり、向かう先には屋根のない空を覆う雲に溶けてしまいそうな色の竜が飛び立てる準備を終えた状態で待っている様子が通路を抜ける前にもう見えてくる。
「本当にお前が行くことになるとはな」
「アーノルド様もさすがにまずいんじゃねえかって思ったんだろ」
待ち構えていたルーウェンと言葉を交わしながら通路を抜け、開けた場所へ出た。
これからゼロは先に行っている元々放たれた人員と二度目に放たれた人員と合流する。竜の背には重々しい拘束具が詰まれた荷物がある。完全に無力化して連れ戻すためだ。サイラス=アイゼンを。
「今追跡してる人員は前にサイラス=アイゼンを連れ戻したときと同じ人員だ」
「そうらしいな」
「けど、殺されかけた」
殺されたわけではなく、どれほどの手傷を負ったか詳細は見てみないことには分からないが。
「それだけの抵抗が出来るのに、何のために前は戻ってきた。同じことが出来たはずだ」
「それを含めて明らかにするために行くんだろう?」
「……ああ、そうだな」
最もな答えだ。それ以上の答えは本人以外には今は誰にも用意できない。
話に区切りがついて、ゼロはこれから飛び立つ空を軽く見上げる。
今日は雪は降っていない。初雪だったらしい雪が降ったのは一昨日、昨日はたぶん降っていなかった。元より過ぎた日の天気を一々覚えている性分ではない、それに昨日は忙しかった。
一昨日の天気を覚えているのは――
「ルー」
「何だ?」
「アリアスと話した」
どうしてもアリアスに会っておきたかった。
馬鹿なことを彼女にぶつけるように言ってしまったことを後悔していたこともあったが、それが確かな本音であることは間違いがなかった。だからこそ後悔と怒りとが混ざり合って自分でもよく分からない状態にあった。
それに、彼女に会えば燃え続ける怒りが少しは抑えられるような気がしたのだ。
「すげえ勝手なこと言った」
彼女にだって抱える考えがある、今度はそれをちゃんと聞こうと考えた。単純に会いたい気持ちが限界を越えたこともあるが。
何を思い、何を考えているのか。混乱しているのは彼女なのだからそれを押さえつけるばかりでは抱えきれなくなってしまっては遅い。抑圧はしたくない。
だから受け止めようと思った。
それだけで終わればいいのに結局自分勝手な思いをぶつけてきてしまった。前に自らが言ったことの不安を払拭すると言えば聞こえはいいが、結論は自分勝手この上なかったろう。
本当のもっと本音の根を直接的に表してしまえば、サイラス=アイゼンのことを考えないで欲しい。あいつのことなんて考えずに、切り捨て、苦しそうな顔を声をしないで欲しい。
もっと言えば、その原因であるサイラス=アイゼンの存在をこの世界から消せてしまえればいいのにと非現実的な考え。
「抑えたつもりが、結果結構言っちまった」
苦笑いしたくなるどころではない。まったく、自分の中だけに留め置いておけばいいのに馬鹿かと。自分の考えを、少しでもいいからこれだけは分かってもらいたいと思ったのだろうとアリアスを抱き締めて顔を見ずに吐き出すように言ったことを、自分のことなのに推測するように思い出した。
「それで、仲直りは出来たのか?」
「別に喧嘩してたわけじゃねえよ」
「そうか? ……どのみち悪化はしなかったんだろう?」
思い付いて手袋をはめる一方でまあなと答える。
高い壁に阻まれた空間とはいえ上には遮るものがない。季節に相応しい冷えた風が吹き、裾の長い外套が音を立ててはためく。
「手こずらなきゃいいんだけどな」
「分かっているだろうが、」
「殺さねえよ」
殺したいのは山々という考えは根本的には変わりようがないものの、それはかなり私的な感情だ。
「俺だって職務と私情は分けられる。じゃねえとこんな地位にいねえだろうよ」
「……そうだったな」
「それに、殺したらアリアスに嫌われるだろ?」
「ゼロ」
「俺はあいつがしたことを許さねえぜ。それくらいは許されるだろ」
絶対に許さない。彼女を傷つけ、それだけではなく嫌うことができずに混乱させる輩など本当に、本気で消し去ってしまいたいくらいだ。生け捕りという方が冗談だろうと言いたい。
だが公私共にそうできない理由がある。
息を深く吸うと冷たい空気が肺に満ちて、半分だけ吐く。
一昨日、久しぶりに腕の中に時間の限りに抱き締めた恋人を思う。あれだけでは時間も何もかも足りないと思うも、仕方ないだろう。
歩み続けていたゼロは隣を歩いていたルーウェンの姿がないことに気がつき、先に行っているのでなければ後ろを振り向くと友人は足を止めてこちらをじっと見ていた。
「ルー?」
予想外にもルーウェンは咎める様子も呆れた様子でもなく、単にゼロを見ていたかと思うと呼び掛けるとぽつりとこう溢した。
「お前の方がよっぽどいい、ゼロ」
ゼロは怪訝に感じ様子を窺おうとすると、ルーウェンは視線を外し独り言に近い形でまた溢す。
「思考なんて意図して止められるものではないのに、俺はアリアスに何も考えてほしくなかった。その上気休めを言ってしまった」
きっと理由があるから、とより小さい声で「気休め」と彼自身が称した内容を明かして顔は正面に戻ってきた。
「その理由がもしも残酷なものだったら、どうするかなんて考えなかった」
弱い微かな自嘲も混ざった笑み。
この友人らしいものだ、とアリアスに対する過保護さをこの数年で深く知ることとなっていたゼロは思う。
だが何も考えないようにと言うのではなく口に出すように促した、自分のやったことの方が良かっただろうか……と考えるのはもう無駄か。
「理由、か」
理由がどんなものであれ、行ってあの男を連れて帰ってきたとき全ては明らかになる。どんな事をしてでも理由を吐かせてやる。
それがもしも残酷なものであれば、彼女を悲しませるものであれば、
「そのときはそのときだろ」
彼女の耳を塞いでしまえばいい。
「ルー、アリアスのこと頼んだぜ」
「頼まれるまでもない」
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