第23話 暗い部屋





 夜も更けて暗い廊下に浮くひとつの灯り――歩き続けやがてひとつの部屋のドアを叩き、返事がないことでドアを開き中に入ったのはべネット、最高位の魔法師の一人である。

 入った部屋にはろうそくがいくつかあるはずなのに、ひとつとして部屋を照らす灯りは見当たらなかった。だからといって誰もいないわけではなく、入ってすぐにごちゃごちゃと金属の部品が詰まる木の箱をはじめとし、様々な道具が乱雑に置かれている棚に挟まれた狭い部屋の奥には窓の正面に配置された机に向かう一人の背中があった。

 後ろで束ねられた髪型で、シャツの白が暗い中では一番よく見える程度。

 今日だけではなく、ずっとこの部屋に昼間だけでなく陽の光が一切ない夜中もいるが、ここ何日もろうそくに火が灯されたことはなかった。その男はずっと日が差し込まない時間帯でも暗い中でここに居続けていた。

 ベネットは手にしてきた燭台の灯りで足元を照らし足元の箱を避けながら、ときに直接床に散乱する何かを踏んでしまいつつも弟子の背後へたどり着いた。


「サイラス、何をしている」

「おとなしくしてろって言われたから、暇潰ししているんだろう?」

「何を作っているのだ」

「魔法具だよ」


 完全な作業部屋の持ち主――サイラスは後ろを向くことなくそれだけ答えた。

 彼は手を使わずとも使用できるようにと台座から上に伸びる柱とその先に固定されたレンズを覗き込み、その下に片手で持つ魔法具――になる前の魔法石をつける前でもある製作途中の部分をレンズを通して見ているようだ。拡大鏡なので細かいところを調整しているのだろう、それにしても彼の手元自体は依然として暗いのに見えているようで違う方の手に持った金属性の先の細い道具が微妙な動きをしている。


「腕は鈍っていないようだな」


 ベネットは灯りを移動させて周りを見て弟子の手元を後ろから見て言った。今サイラスの手元にある製作途中の魔法具から判断した言葉ではなく、これまでに任され作られたものを見ていたことからの言葉だった。

 コンと机上に道具が置かれ、サイラスは細い針金のようなものを手にした。


「ジジイ、オレはとっととここを出ていきたい」

「無理を言うな、もう少し大人しくしていろ」

「いっそ放浪魔法師に任命してくれたらいいだろう」

「お前のこれまでの振る舞いで任命されると思うか」

「さてな」

「今回はしばらく魔法を封じるだけで済むことに決まったことをありがたく思うんだ」

「魔法封じされてると出来ない部分もあるんだけどなぁ」


 笑いを含んだ言葉を呟きながらも動かされる手を上に辿ると存在感ある腕輪に行き当たる。それこそが魔法の力を封じる役目をしているものだった。

 ベネットは弟子の身体の影から外れ、灯りがわずかに及んで浮かび上がるそれを一瞥。


「なぜお前は何も言わずに出ていった」

「なんだよ、またそれか。もう子どもじゃなかったんだからいいだろう?」

「もう子どもではなかったからこそ言って行くものだろう」

「そういうものか?」


 サイラスの手元で立てられているカチャカチャという些細な音、静かな部屋に少しだけそれのみが聞こえていた。

 しばらくしてぽつり、と言い出したのはサイラスだった。


「厄介なものだろうなぁ。能がなければ思い切りよく切り捨てることだってできるっていうのに、使ったら使える奴だからなオレは」

「自覚しているのなら、」

「オレは、どこで生きたらいいか分からない」

「ここに決まっているだろう。まったく……王都を出るなどと二度と言うな。いずれは最高位と言われたお前だ、今から行動を改めればやがてはそれも難しくはない」

「無理だ」

「サイラス」

「違うんだ。オレはこんなところで生きていけない」

「勝手をするのもいい加減にしろ。それほど厳しい規律などないはずなのに、お前は学園に入れたときもそうだった」

「違う!」

「何が違う! 窮屈だ一つの場所に留まるのは向いていないだ何だと……昔はそんなこともなかったはずだ。お前の忍耐が極端に足りていない証拠だ!」


 手狭な部屋に怒鳴り声が響き壁に吸い込まれて消える。

 叱責を向けられたサイラスはすぐに言い返すことなく……作業の手は止まっていた。


「……ったく人を我慢できないガキみたいに言うもんだ……」

「ふん、事実だ――」


 突如ガチャンとまだ道具でも何でもない金属の塊が落ちた。ベネットはとっさに声を途切れさせ、何をしているんだと魔法具未満のそれを拾うことを待った。が、サイラスは落ちた金属を拾おうとする動作を見せる気配がない。


「製作途中問わず『そのもの』を落とすことは気が緩んでいる証になる。特に途中であれば落としたことにより何らかの不具合が起こることは有り得ることだと教えたはずだ……根を詰めすぎても効率が悪いだけなのだぞ」


 ため息を吐きながら師が横目で窺った弟子の横顔――サイラスは道具も何もない手で顔を覆って、押しつけている。

 そして口が動き、耳を澄ませるとぶつぶつと何かを言っている。


「ここじゃなくても……どこにだってオレは――」

「サイラス?」

「分からない」

「サイラスどうした」


 異変を感じ取ったベネットは身を乗り出しサイラスの肩に手を置き尋ねる。それに気づいた様子もなく、サイラスは呟きを連ね手を髪を巻き込んでぐしゃりと握りこみその顔が苦しげに歪む。吐き捨てる。


「生きづらくて仕方がない」

「サイラス、お前は……どうしてそうも――」

「放っておいてくれ」


 ようやく見せた反応は手を振り払い、言い捨てること。落ちたものを拾い上げ、サイラスは師に背を向け直した。

 ベネットはその背中を懸念する目で見るばかりだった。













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