第6話 不在

 時は真夜中、外の様子は窓があれども布が引かれて見えないが、そんなこと室内の彼らには微塵も関係がない。


「――嘘だろ。……ってことは今、アリアスは城にいねえってことかよ」

「そうなる」


 ろうそくの火もそこそこの部屋は騎士団団長として与えられているゼロのものであって、そこに夜が更けているのにも関わらずルーウェンが訪ねてきているのだ。

 二人とも軍服姿ではなく、堅苦しい上着は脱いでいる状態でテーブルを挟んで向かい合っている。……のだが、ルーウェンの顔はどこか神妙なもので、身を軽く乗り出したゼロも眉を寄せているという明るい空気がない状況だ。


「なんだって学園なんかに……」


 話題はルーウェンが持ってきた、アリアスについてのこと。

 本日夕刻、ジオに呼ばれたルーウェンが彼の部屋に行って聞いた話。それを内容は同じく話したのだ。つまり、手短に言うとアリアスは王都の魔法学園に行くこととなった、という内容。

 それを聞いたゼロはそれは驚き目を見開いたのは一瞬、ただひとつの事実――アリアスが城にいないこと――は瞬時に理解した言葉を洩らして乗り出していた身を下げた。というのがさっきまで。

 今は今で当然生まれてきた疑問をぼやき尋ねる。


「そんな話出てたのか?」

「いや?」

「だろうな、だったら最初っから学園に通ってるだろうしよ。じゃあ、何でだ」


 アリアスは正式な魔法師でないことはゼロも知っていることだ。その上で学校には通っていないことも。しかしそれは周りの環境があるからこそのことで、そうするならとうに入学出来る歳に入学させているだろう、何で今急になのだと意味を込めてゼロは言った。

 彼にとっては初耳も初耳、それにその話題さえも聞いたことがなかったことだ。


「アリアスに、戦争の気配を気取らせないためなんだ」

「戦争の気配だ?」

「じきに戦争だ」

「ああ」


 少なくとも騎士団においては周知の事実を改めて口にしたルーウェンにゼロは相づちを打つ。ルーウェンの声も表情も真剣そのもので、アリアスの名前が出てきたからだ。


「その戦争の気配をいち早く感じてしまうのは、城だ。準備に加え、情報が集まり、洩れてしまうこともある。空気だって否応なしに変わるだろう。その点学園に行ってしまえば……行かせてしまえば多少はその情報の操作も可能になる」

「行き来が限られてるからな」


 今だからこそ、とルーウェンは答えた。

 当の王都の魔法学園出身のゼロは両腕を頭の後ろで組んでちょっと上を向いた。ルーウェンによって語られた理由を考え、学園のことを思い出しているのだ。城にいるよりは確かに情報は鈍る。


「まあ俺もこれは驚いた。急だったしな」


 このことに関してはどうもルーウェンもゼロと同様だった。知らなかったという。


「師匠に任せていたら今日こうなったんだ」


 若干天井に向けていた目をゼロが前に向き直すと、俺も驚いたんだとルーウェンは言う。


「俺はこういう手は思いつかなかった。それもこれだけ早く出来るのは師匠だからということもあるなー」

「学園長と知り合いかよもしかして」

「当たりだ。俺もお会いしたことがある。でもまさかアリアスと今日会って今日一緒に学園に戻られるとは、予想外だ」


 ルーウェンはルーウェンでそれでも少し困ったな、という表情になっていた。彼もこうも突然容易に会えない状況になってしまうとは予想外だったと思われる。一目は会っておきたかったのかもしれない。

 ゼロは「あのババア……」と友人にも聞こえないくらいの声で毒づいた。口が悪いものである。


「……でもよ、ルー。戦争のことはもうさすがに分かってるんじゃねえか?」


 それから、ひとつ思うことあってゼロはルーウェンに尋ねた。


「アリアスはレドウィガ国の将軍と会ってる。そいつがしたことも知ってる。それに、ジオ様の近くにいれば会議がここ最近多くなったことなんて気がついてんだろ?」

「……ああ、そうかもな」


 それに対してルーウェンは否定はせず、緩く微かに笑い自嘲を匂わせる言葉を返す。


「それでも、濃厚になっていく様を感じさせたくないからだって言ったらお前笑うか、ゼロ」

「笑わねえよ。俺だって近くにはいてえけど、そういうのを感じさせたくないってのは分かる」


 近くにいれて、なおかつ何も耳に入れない悟らせない方法があればいいのにとでも言いたげにゼロは言った。

 学園に行ってしまったものは行ってしまった。その理由もゼロにとっては確かにそうだと同感できるもので、その辺りに関してはもう諦めに近いものを彼は感じていた。が、「……今日会いに行っとけば良かった」とそれだけはぼやかずにはいられなかった。


「待てよ。学園への編入はジオ様の手配なんだろ?」

「ああそうだ」

「……お前はそうだって知ってたけどな、意外だな」

「何がだ?」

「ジオ様が、そんだけ過保護っつーか」

「師匠は結構そうだぞ?」

本当マジかよ……」


 師弟そろって。

 まさかの事実にゼロは呻き混じりの声になる。何より意外すぎた。


「とにかく、俺も師匠も城を空けることもある。それに学園に行くことはこんな状況がきっかけとはいえ、アリアスにもいい機会だと思うんだ。俺は早くから騎士団に入ることを決めていたが、アリアスはこれから先のことが漠然としているかもしれないからな」

「……それだとよ、戦争がなけりゃ学園には行かせなかったのか?」

「それはどうだろうな」


 ルーウェンは意味ありげにそれだけを返し、立ち上がった。


「夜遅くに来た理由はこれだ。支障はきたしそうか?」

「馬鹿言え。仕事は仕事だ」

「ならよかった」


 それから一応の確認をして彼はゼロの部屋を出ていった。





 ドアの閉まる微かな音を聞いてすぐ。


「……とは言ったが、何かなあ」


 ずる、と自室に一人になったゼロはもたれきった背もたれで背を滑らせずった。

 言うまでもなく、仕事に、役目に、戦争に支障をきたすことなど問題外だ。そうするつもりもない。


「いないってなると、余計に会いたくなるな……」


 だが、それとは別に、そう思うことは仕方がない。

 確実に迫る戦争によって、どうせこれからより忙しくなっていくだろうからどのみち会えない日は続いていただろうか。

 そんなことを考えていることに気がついて、人のことは言えないなと本当についさっきまでルーウェンと交わしていた会話を思い起こしてゼロは思う。


「それでもやっぱり見えるところにいて欲しいってのは、俺の勝手だな」


 全て、自らが言ったそれ本音さえも飲み込んで、彼は乱雑に髪をかきあげた。

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