第6話 人手不足につき
二つ発生した光は言わずとも太陽の光が反射したものではなく、魔法の光だった。同時に現れるのは二つの人影。
「来たみてえだな」
その内の一人、長身の男性はルーウェンである。何もなかった場所に忽然とその姿を現した彼はまず周りを見ているようだった。
「ルー」
足を止めることなく、歩むゼロは手を顔の横ほどまであげてみせる。ルーウェンはすぐにそのことに気がついてこちらに身体の正面を向ける。
「ゼロ、これは……」
「九体の様子は見た。腹の方は調べてみないと分からねえが、外傷は特にはない」
「原因不明か」
「今のところはな」
「それは参ったな」
向き合って簡単に現状を確認・報告した上で、ルーウェンは再び周りに目を配る。その青い目には、一体として顔を上げてさえいない竜たちが映っているだろう。
「一体として起き上がってないね、本当に今日来るはずだったとは思えないほどだよ。それほど弱ってるってことかい?」
女性にしては低めの声であるが、女性の声がした。もう一人、現れたのはすらりとしたシルエットの女性であったのだ。話し方がどことなくさっぱりしている。
竜の事で駆けてきた二人も合わせて、少なくともこの場に現れた者たちが揃い彼らは小さな円になって話し始める。
「一体飛んできた竜も墜落したって聞いてきたけど」
「ヴァルだ。あいつも今はあそこでああなってるけどな」
「そうみたいだね。それから、そっちの子は誰なんだい? 騎士団の団員じゃないだろう」
「俺の妹弟子だ」
「ということは、ジオ様の弟子ってことだね。ふぅん」
一歩ほど後ろに下がった位置に立っているアリアスは急に視線を向けられることとなり、慌てて会釈をした。そんな彼女に一歩近寄った女性はその手を差し出す。
「あたしはエミリ。黄の騎士団の副団長だよ」
その女性は長身が高かった。男性としても長身の部類であるルーウェンやゼロよりは低いが、確実に女性としては高身長である。アリアスは彼女を見上げることとなる。窺えるのは長いベージュ寄りの色の髪。後ろでくくられているのか、軽くウェーブしている毛先だけが時おり後ろをちらつく。肩幅は広い方であり、大きな印象も受けるが凛とした美人である。また、目尻がつり上がり気味であることが作用しているのか全体的に気の強そうな雰囲気。
服装は他の騎士団の団員と同じデザインとモデル。違いが出るのは、やはり女性特有の身体の線があるからか。
襟章はルーウェンともゼロとも異なる黄色。黄の騎士団の副団長。魔法師で構成されている騎士団とはいえ、普通の騎士団と同じく単純な身体の強さが問われるところも多いだろうに、その地位にまで。騎士団は元々女性の人数も少ないと聞く。加えて、ルーウェンたちと同じ歳くらいだと思われる。
「はじめまして、アリアスと言います」
アリアスははっ、と差し出された手をとり挨拶をする。その間にもエミリに釘付けである。
「アリアスだね。こちらこそはじめまして。ま、それはそうと、のんびりな挨拶はここまでだね」
「そうだな。まずは残りの竜の体調確認をするとして、あとは原因が分からない限り具体的な対処は出来ないわけだが、」
そのとき、また少し離れた場所ではあるが光が生じる。今度は三つ。
アリアスがそちらに視線を向けると、軍服ではないが、それに近いデザインの服装の男女が三人姿を現していた。彼らもまた、最初に周囲に目を走らせ、それから集まっている団長副団長を見つける。だが、話しかけることはしないのは、話途中であるとの配慮からか。
「治療専門の魔法師の中でも竜の育成に関わっている魔法師が五人来る。今は状況が不明なこともあって最小限の人数しか来ないことになっている」
ルーウェンの話によると、ジオが空間移動の魔法を提供しているようだ。
最小限の人数、というのは無闇に竜に負担をかけないためだという。
「魔法具を何種類か持ってきてる。主に体力を補うものなんだけどな」
「竜の様子を見ている限りじゃあ、今のところそれが先決だろうな」
魔法の力は生命力のようなものであると言われることがある。
竜という生き物は『魔法の生き物』である。その身には魔法の力が巡っているという。弱っている原因が何であれ、まずは少しでも動く気力が出るほどにまで癒してやらねばならない。
竜が弱っていることは明らかだが、原因が分からない。その中で出来ることといえばそれくらい、という結論が出たところで再びエミリがアリアスを見る。
「ちょうどいい。その子、アリアスだったかい? 手伝ってもらおうか。ジオ様の弟子と言ったよね、使い物にならないはずはないだろう?」
「あ、はい!」
「異論はありますか? ルーウェン団長ゼロ団長」
「そういえばしくじったな、師匠から空間移動の魔法を込めた魔法具をもらってくるべきだった」
そうすれば、帰してやれたのに。
ルーウェンは偶々巻き込まれたような妹弟子を自分が帰してやりたいのは山々であるが、今からのことを考えると当然であるが魔法の力を大幅に使うし距離は等諸々のことが……という表情になっている。
もしかすると後を考えずにやりかねない雰囲気が出かけたので、エミリにとっさに返事をしたあとのアリアスは急いでぶんぶんと首を横に振る。ここでそんなことに魔法を使うのはまったくもって無駄使いだとしか言えないだろう。
まさか兄弟子はさすがにそうは考えていないだろうと思いながらも、直ぐ様否定する。足手まといにならないのなら、手伝いたい。ただ見ているだけというのは、中々だ。
「いいですよルー様、私にやれることがやればぜひやりたいので」
「……まあ、人数が人数でアリアスは治療系は得意だもんな」
思案するように腕を組んでいた彼はそのまま頷いた。
ルーウェンとアリアスのそれらやり取りに初対面のエミリは意外そうな顔をしていた。が、一人は同意が得られたことで次にゼロに問いかける。
「ゼロ団長はどうですか?」
「お前がその気味悪い敬語止めたら答えてやるよ」
「気味悪いってなんだい、まったく団長だからって気を使ってやったのに」
「そんなたまじゃねえだろ。――俺にも異論はない」
「おや、意外だね。部外者だからってはね除けるかと思ったんだけど」
「まあまあ、それは置いておいて方針が決まったところで行動に移そう」
ここで――実は並び順としてはルーウェン、その隣にアリアス、ゼロ、エミリと小さな円になっているのだが――隣同士のゼロとエミリの間にちょっとだけ険悪な空気が漂い始めた。……というところで、ルーウェンがさっと自然に間に (声だけ) 入って話題を元に戻す。
アリアスは自分より上で交わされる会話を見守るのみで、突然の険悪そうな空気も感じ取ったが半ばきょとんとしていた。
何だか団長副団長の会話とは予想が違った、というのかルーウェンとは違ったようで仲が良いというか。そういえば、エミリは先ほど口調を変えた。気安いそれから、敬語――自らよりも地位が高い人へのそれへ。
副団長であるエミリは通常であれば団長である彼らに敬語を使うはずなのだ、という事実に気がつく。あまりにも自然だったので、エミリが副団長だと地位を名乗っても違和感が湧かなかったのだ。
では、どういう関係なのだろうか? とアリアスにはふと新たな疑問が浮かぶ。
ふん、と鼻で軽く笑ったようなエミリを見てから、ゼロを見上げる。すると、こちらは真顔で軽く舌打ちしそうな (してはいない) 感じで彼女を横目で見ていたようではあるが、すぐに視線に気がついたのか顔がこちらに向く。
何気なく見上げた方のアリアスは、ふっとその目と合ってから目を瞬く。ゼロは片目を反対方向――エミリの方へ向けてから一瞬だけ眉根を寄せた。それがどういう意味があるのかはアリアスにはほとほと分からなかったが、少なくとも表情の限りでは愉快そうではない。ますます疑問である。
けれども、それ以上アリアスがその僅かな疑問をそれとなく考える前に。
「揃ったみたいだな」
残りの魔法師が『巣』に到着した。
それから、五人揃った魔法師を含めてこれからすることを確認し合うこととなった。
一つ、残りの竜の体調の確認。
一つ、魔法での竜の体力補強。
加えて、原因の究明。
「今日中かそれとも明日になるかは分からないが、様子を見に来られるそうだ。それまでに出来うる限りの現状の把握と改善をする」
話しているのは、ルーウェン。つい先ほどよりも大きめの円となった彼らは、簡潔な状況確認のあとのその簡潔に纏められた、これからするべき行動に頷く。
「それから、『巣』の周りも一応見るか。ここには見られないが、環境の変化も考えられる」
全員が、真剣な顔つきでルーウェンを見つめ同意と了解の意を込めて頷く。
しばらくして、各々残りの竜の体調を確認する者。『巣』の周りを確認する者。魔法具の魔法と自らの魔法の併用で竜の回復に努める者とに手早く別れ、各々行動を起こし始める。
「アリアス、おいで」
その中、アリアスはルーウェンに呼ばれる。
「はい」
ルーウェンがこれからするべきことを始めに教えてくれるという。手招きする兄弟子の元へ走り寄って、待っていてくれた彼と共に歩き始める。
横のルーウェンの手には、茶色の袋。これから使う魔法具が入っていると思われる。
これからの自らの役目を思い起こしながら、竜に、騎士団所属ではない自分が触ってもよいのかとか魔法具に込められた魔法とはいえ使用してもいいのかとかアリアスは考える。
だが、どうもジオの弟子であるということは予想以上の信用が得られるようだった。兄弟子のルーウェンが優秀であることも作用している可能性は高い。だからと言って過度に期待されるのは何であるが、出来うる限りのことはしようとアリアスは思う。
ちなみに、『巣』の周りは五人来た治療専門の魔法師内の一人が見回ることとなった。高い壁のような崖のような、いる場所を囲うそれの向こうはそれこそ崖っぷちであるらしい。まさか山の頂上部分にここは当たるのだろうか。
それ以外の内一人は確認が終わっていない竜の確認。残りはアリアスも含め、魔法での竜の回復に努める。最終的には全員が竜の回復に当たることとなる。
一人一体ずつとは担当できない。
この場で人員が不足することとなっているのは、最小限の人数の対象の竜の育成に関わるという専門の治療の魔法師の数自体も少ないのか。
竜の育成がどのようにされるのかは『巣』の位置のように機密であるので、これもまたアリアスは知らない。卵がこの『巣』に置いていかれることが何十年に一度、と言われているからそんなに人は必要ではないのだろうか。
ゼロは確か、竜の具合が悪くなることも稀だと言っていた。鱗もかなり固いようであるし、怪我も滅多にしないのかもしれない。現に、灰色の竜は落ちて来方が良かったのかは定かではないが、少なくとも落ちてきて怪我と言える怪我はなかった。大きくなるとそういう意味では手間がかからないのはきっと確かだ。
「ゼロ団長、あんた悪化させないようにしなよ」
「何で俺がんなこと言われなくちゃなんねえ」
「がさつじゃないか、何から何まで」
「喧嘩売ってんのか。お前の方こそあり得ねえくらいに大雑把だからな、これ以上悪化させんの止めろよ」
「なんだって? あんたこそ喧嘩売ってるのかい」
兄弟子と歩くアリアスは後ろからの会話が耳に飛び込んできて、ぼんやりと回していた思考を止める。
エミリのすごく遠慮のない物言いに清々しささえ感じる。レルルカとは違った様子で強い女性だ。彼女に憧れる魔法師も少なくないのではないだろうか。自分だって、強い女性の魔法師の像として描くのは今までレルルカだったのだが、出会ってそれほど経っていないエミリもまた『強烈』であるとの印象を受けた。
「あの二人は王都の魔法学園での同級生で、ゼロが首席でエミリが次席で卒業したらしい。そういうこともあって学園時代から何かと勝負する関係だったからか、大抵あんな調子なんだ。実は俺も最初は敬語使われてたんだけどな、ゼロと一緒にいるときにも俺だけ敬語を使われるものだから何だか変な感覚に陥ってな、とってもらった。どうせ歳は変わらないし」
「そうだったんですか」
状況でさっきのように口調を切り替えられ人であるし、と。そこでルーウェンがこっそり教えてくれた。
アリアスは同じ会話を聞いていただろう兄弟子を見上げる。
そうか、自分は魔法師を志す子どもが普通通う学園に通っていないために、歳が同じ頃ということでその選択肢が浮かばなかったのだ。なるほど、同級生か。同僚、という以前から付き合いがあるからあんな風な関係が形作られているのか、とアリアスは納得した。言葉使いのちょっとした疑問も。
「今……」
団長、副団長という言葉でまたも気がつく些細なこと。後ろを振り向き異なる方向へ分かれたゼロとエミリの後ろ姿を見て、兄弟子に目を戻しながらぽつ、と言いかける。しかし、ここで聞くことでもないと止める。
「なんだ?」
「いえ、ここで聞くことでもないので気にしないでください」
「それでも別にいいぞ? まだ少し歩くしなー」
だが、見た先のルーウェンは柔らかにこちらを促す。
言いかけてしまったから。と思いながらもアリアスは口を開く。
「今、騎士団の団長や副団長の方々は皆さん同じくらいの歳の方なんですか?」
ルーウェンと同じく。
ルーウェンと共に一体の竜の元へ歩いて行きながらの、新たなちょっとした疑問。
自分が言うのも何だけど、若い、と思う。
アリアスは実は一人、元騎士団の団長の男性を知っており彼はその年齢五十半ばを超えていたはずだ。現在は魔法師をメインに、というよりは庭師をメインとしているその人はけれども老人という言葉が似合わぬ体つきをしていた。「じじい呼ばわりは他の団長共だけで一緒にはされたくなかったからなぁ」とカッカッカッと笑っていたか。
その言葉があって、団長副団長という方々は年齢がそこそこいっているものだと思っていたのだが……。だからこそ、兄弟子が団長職についたというときは驚いたものだ。
「うーん……言われてみるとそうだな。ああでも、黄の騎士団の団長は一回りくらい年上だぞ? こうなっているのはなー、昔からじゃなくて二年前に騎士団の再編成があってそれで起こったことなんだ。数年前はそんなこともなかった。まー、今の団長副団長職はそのときに変わった人がほとんどなんだ」
ゼロやエミリがその例であるという。
そうなのか、とアリアスの疑問が解消される。それにしても思いきったことをしたな、という感想だ。ここにいる限りでも、騎士団の団長副団長の内半分が二十代半ばであることが分かるのだから。
ところで、『巣』の土地は何とも広い。竜ならいざ知らず、人の足では移動にそれなりに時間がかかる。竜たちも各々いる場所はそれぞれ距離が置かれているので、その距離もそれなりに遠いと思うくらいだ。
そういうわけで、あれこれ話している内にやっと目的の竜の元へ着いた。
「魔法具は手に持って発動すること。その上で竜のどこかに触れておくこと。手でもどこでもいい、中心部分に近づくという意味では腹の辺りがいいかもしれない、が、危害を加えるわけではないことは竜も分かるから興奮状態になることはないと思うが、十分に注意してやるんだぞ?」
「はい」
「それから、流す魔法の量は調節してやること。何となくでいい」
「はい」
何となくでいいのか、と思いながらもアリアスはいくつかの注意を耳に入れていく。その過程で小さな袋を受けとる。
外から触っても分かる、固いもの。魔法具だ。もしくは、台座もなにもなく裸の――魔法具の命と言える――石かもしれない。
魔法具というものは、道具に要である石が嵌められているものだ。主に石に魔法が込められているのだが、道具自体も普通の素材で出来ているのではなく魔法が伝わりやすい素材で作られている。そのおかげで、石から発せられる魔法が伝達されて道具自体が魔法を帯びるのである。
例えば、剣。魔法師騎士団の団員たちの中には――単に魔法を伝わりやすくした材質の魔法具の一種の如き剣、というだけでなく――魔法の込められた石を嵌めた、剣そのものが魔法具であるというものを持っている者たちがいる。その理由は力量関係など些細なことであるので置いておくが、それにより魔法は石から発せられるが石から剣全体にまで魔法は広がり、あっという間に単なる剣ではなく『魔法剣』となる。
そういうわけで、魔法具に必ず嵌められている――というよりもこれがなければ魔法具とは言えない――石は俗に魔法具でなくそのものを指す際に便宜上魔法石と言われるが、これ単体でももちろん使える。その石自体に魔法が込められているのだから。けれども、一般的には――割れるわけではないが――魔法石の形等の理由から保護の理由であったりと台座のようなものがつけられることがしばしばである。
この場に来るに当たってジオから投げられたあれも、正確に言うとすれば魔法石と称することが出来るものだったのだ。
ともかく、アリアスは受けとったそれを手に確かめながら、ルーウェンに最後に「あと、無理はしないこと。その前に俺に言いに来るんだ」と言われて彼と別れることとなる。
「不明点があったらおいで」
本当に任されるのか、と兄弟子の背中を見ながら思う。
しかし、こうしている場合でもないと傍らに石のように動かぬ竜の存在を感じてまずは袋の中身を出すことに決めた。
中に入っていたのは魔法の石そのもののみで、色は心穏やかになるような透き通る新緑の色であった。
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