第8話 兄弟子、師に挨拶



 あとで聞いたルーウェンの話によれば、ゼロは普段はあんな感じではないようだ。「……あんな感じってどれですか?」とアリアスが聞くと、ルーウェンは数秒止まってから言った。「全部、か」その目は遥か遠くまで広がる空のようだった。

 それを、アリアスは知っていくことになる。



 数十分後、二人はルーウェンの言葉通りに城のジオの部屋に来ていた。


「ルー、帰ったか」

「師匠、お久しぶりです」


 ジオは部屋に入って左の本棚の前にいた。その手には本がある。

 マントを取った姿のルーウェンの後ろから部屋に入ったアリアスはそんな師から視線を移し、遠目から机の上を確認する。積まれていた書類が右から左へと移動している。どうやら全て終わったらしい。あとで届けに行くものは届けにいかなくては。

 それから改めて視線を横に向ける。


 並ぶのは、外見年齢の変わらない二人。どちらも、二十代前半に見える。ルーウェンの年齢は、外見年齢通りだ。

 しかし、そもそものところ、この師はその外見の若さにも関わらず、自分やルーウェンという弟子を持つには若すぎるように見える。

 見える、というのも実はジオの年齢は三桁を超えていた。外見が若いのは別に頑張った若作りではない。彼はそんな性格ではない。だからといって、魔法師として普通なのではない。魔法師だって百まで生きる者さえ珍しい。

 逆に『普通ではない』のだ。


 彼以外の最高位の魔法師は、外見はもう歳の通り老人がほとんどだ (比較的若いレルルカは除いておく) 。

 それなのに、ジオがそうであるのは彼の身にある魔法力が規格外であるからだという。そのため身体の歳をとるスピードが遅い、らしい。アリアスにはよく分からない。

 だが、その魔法力の桁違いさを知っている魔法師たちが、その奇異な髪色と関連付けて彼をこう呼ぶようになった。『黒の魔法師』。彼だけを表す言葉で、尊敬と畏怖とが混ざりあった結果であった。

 そういうわけで、ジオは外見はあれでさらには子どもっぽくなるときがあるが、ルーウェンくらいの歳の弟子を持つには不自然ではない、ということなのだ。外見は同じ歳ほどだが。

 だから、外見からしてジオよりも年上のレルルカもジオに『様』をつけて呼んでいるのは地位以外にそういうことが働いている。


 アリアスが一度外に出てお茶一式を用意して戻ると、彼らは二つあるソファに向かい合って座っていた。二人が話している横から、そっと受け皿に乗せたティーカップを低いテーブルに音もなく置く。


「ありがとう」


 ルーウェンが緩い笑みを浮かべて礼を言う。アリアスも笑顔で受ける。


「師匠、机の上の書類は全て届けに行ってもいいものですか?」

「ん、頼む」

「分かりました」


 アリアスが腕いっぱいに紙の束を抱えている姿に、ルーウェンは一瞬うず、と動きかけたが結局見送るに留める。ドアをアリアスが背中で閉め、室内には存外軽い音が響く。




「師匠はお変わりないようで」

「それはそうだろう。お前も変わりないようだ、というのはいいとして騎士団にはもう顔を出してきたのか」

「はい。実はアリアスが騎士団に使いを頼まれたと聞いたので」

「道理で一緒だったのか」


 ジオはカップを持ち上げ、紅茶を啜る。


「で、どうだった」

「行ったときにはもう姿を眩ませていました」

「足跡は」

「王都に入り込んでいる可能性が高いかと」

「面倒だな」

「王都の方には何も異変は?」

「おそらく。今のところな」


 始まった会話は淡々としていた。

 ルーウェンが残ったのはこのためであった。王都の外に出ていた理由ともなることの報告。ジオはその返答にカップを置いてから、足を組み直す。酷く面倒そうな目と声をしている。


「詳しくは明日聞こう。どうせ会議だ」

「そうですね。それはそうとして、師匠は今年『春の宴』はどうされるんですか?」

「ああ、出る。というよりも、レルルカに言われるまでその時期だと気がつかなくてな、釘を刺された」

「それはやられましたね」


 会話はジオによって切られ、他愛もない会話に移り変わっていった。





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